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| エッセイ & ポエム 〜 ときどき感じたり、思ったりすることを綴っています |
静かな微笑みが好きです
楽しく笑ったあとに ふっとひと息つくような
哀しい涙のあとに そっと顔をあげるような
怒りに乱れた心から 相手を赦し始める時のような
喜びに満ちた心から 溢れてこぼれ始める時のような 穏やかな微笑みが好きです
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| channeling |
No.130 - 2008/11/22 |
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先日、ある有名人のお嬢さん(米国人)からお手紙とDVDをいただいて
「私の使命について○○氏の個人セッションで質問した際のビデオです。あなたはどう思いますか?」
とのことでしたが、○○氏とは宇宙人の言葉をチャネリングするという人で
おそらく世界で最も本が売れているチャネラーだそうです
不思議なことに、その少し前に別な方からもお便りを頂いていて
その人はその同じチャネラーと親しい方でした
僕自身もそのチャネラーの本はいちおう読んだことはありますが
チャネリングについては基本的に僕はあまりコメントをしません
こういう言い方をするのは非常に僭越であるとは思いますが
なんだか夢をこわすみたいで失礼に感じてしまい
ある段階においてはチャネリング情報を参考にすることが必要な人もいると思うからです
今回いただいたDVDを見た感想としては
以前に別の代表的なチャネラーのビデオを見た時と似た印象でした
「あ、この人は自分の頭で考えてしゃべってるな・・」
そう率直に感じました
( 僕自身のちょっとした経験からも思うことなのですが
実際に本当に他人の意識が自分に強い影響を与えている状況では
うまく表現できませんが、それ独特の雰囲気があるように思うのです)
ただチャネリングの言葉が活字になった本を読んだ人は、うっとりとして
「とても繊細で愛に溢れた波動を感じます・・」と感想を述べるかもしれません
それはあたかも高価なグラスに注がれた普通のワインが美味しく感じるように
実際はワインよりも味わう人の想像力が素晴らしいのでしょう
これは皮肉ではなく、想像力は偉大な創造力であることを意味しています
質問をしてきた女性への僕からの答えとしては
「僕個人は基本的にチャネリングに特別な意見はありませんが・・」と前置きして
「宇宙人が何かを詳しく伝えたい時は、テレパシーだけでなく実際に会いにくるように思いますよ」
と答え、その理由として
今の地球人の発達レベルでは、正確にメッセージを受け取れない可能性が高いこと
だから実際に会って確認するはずであろうことを説明しました
「でも高次元の光の存在の宇宙人なら、物理的には会えないのでは?」
そう疑問に思う人もいると思います
そうかもしれませんし、その可能性を僕は否定はしません
ただ、チャネリングの世界では「低次元」と言われる、「体を持つ宇宙人」でも
地球人よりは遥かに精神的な進化を遂げた存在もいるはずです
もし地球人にコンタクトしてくるとしたら、どちらの宇宙人が多いでしょうか?
それは地球人のレベルに近い、少し上のお兄さん、お姉さんたちではないでしょうか?
幼稚園の子供には大学の教材よりも小学校の教科書が適しているように・・・
でも、体を持つ宇宙人やリアリティのあるUFOの話ばかりでは現実的すぎて
たとえ夢が広がる宇宙の話とは言っても
彼らが案ずる地球の政治問題や陰謀論などは何だか息が詰まりそうで
スピリチュアルなチャネリングや霊界通信のほうがずっと広大で自由な感じがする
そう感じるのも無理はないと思います
都会の曇り空よりもプラネタリウムを見ているほうが癒されることもあるように
実際に空想の世界のほうが健康的な場合もあるでしょう
ただ、いつかは現実を直視しなければいけない
本当の異次元世界を知るためにも、ありのままの真実をしっかり見なくてはいけない
そういうときが来るはずです
チャネリングの世界にワクワクして想像力を養う準備期間を終えたとき
人は本物のリアリティに目覚め、現実を超えた世界を垣間見て
想像を遥かに凌ぐ超現実の華美を堪能できるようになる・・
そんなふうに僕は感じます
本当はこのようなことはあまり書きたくなかったのですが
最近、チャネリングに関するいくつかの偶然が重なったことから
何らかのことをここに書くべきなのかな・・と思った次第です
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| illumination |
No.129 - 2008/11/18 |
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きらびやかな世界に興味がない人を
無理に誘っても 哀れんでもしょうがない
社会での地位や名誉を欲しがらない人に
無理に勧めても 愚かだと言っても意味はない
その人は それら全てを捨てて
この世界にやって来たのかもしれないから・・
世を照らす光となる使命をもつ人を
無理に探しても 候補者を募っても見つからない
その人は この世界の誰よりも
低い位置で生きることを願っているだろうから・・
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| alone on the hill |
No.128 - 2008/11/15 |
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「 君は泣かないんだね 」
そう言われたことが何度かありました
心が冷たいっていう意味のときもあれば
心が強いっていう意味のときもありました
自分ではどちらでもないように感じてきました
ただ、「 泣く 」 という表現を選ばないだけじゃないかなって・・・
よく 「 女性は涙を流すことでストレスを発散している 」 と言われますが
これは女性ホルモンの観点からも解明されつつあるそうです
それにしても 男性たちが泣く場面でも僕だけ泣かないことも何度かありました
女性ホルモンが不足してるんですかね・・・
ところで僕はよく 「 服装に無頓着 」 って友人に指摘されます
これは自分でも認めていて、あんまりファッションに興味がないんです
でも振り返ってみると、十代のころ、お洒落ごころに目覚めた時がありました
あるとき、ピンクっぽい柄の綺麗なシャツを買って、さっそく着てみた日のこと・・
ある雑誌の記事が気になって、普段着に着替えてコンビニに立ち読みに行こうとしたのですが
そこは好きな女の子もたまに来るところだったので、お洒落な格好のままで行くことにしました
でかけぎわに母が、「 あら、その格好でコンビニに行くの? 」 って聞いてきました
さて、コンビニに着くと、時刻はちょうどお昼ころで
近くで工事をしていた土木作業員のおじさんたちがお弁当を選びながら歩き回っていました
その時、泥だらけのズボンで近づいてきたおじさんがいたので、僕は思わず少しよけました
そして雑誌のコーナーに歩いていった時、なにやら女性の金切り声が聞こえました
何を言っているのか分からず、とりあえずお目当ての雑誌を見つけて手にとると、より大きな金切り声
なんと、となりで雑誌を立ち読みしている20代くらいの女性が叫んでいるのです
でも彼女は雑誌に目を向けたままで、わめいています
そして次の言葉は、はっきりとした口調で言いました
「 いいモノ着てるじゃない! こんなとこまで来て見せつけなくてもいいでしょ!」
あれ・・もしかして僕のこと?
思わず周囲を見渡しても作業服のおじさんたちだけ・・
女性は顔を雑誌に向けたまま、「 行ってよ!!」 と怒鳴りました
え? なんで僕が出ていかなきゃいけないのかなあ・・・雑誌を読みたいんだけど・・
僕は何とかしてほしいと思ってレジのほうに目を向けると
そこに立っていた男性店員二人は、こちらへ向けていた顔をさっと下にそらしました
僕はしかたなく出口へ向かい、店を出ました
自分では 「 バカな女だぜ 」 と心の中でつぶやきながら、気にしないつもりでいましたが
なにか胸の奥から突き上げるような強いショックを感じていました
でも相手に対する怒りの気持ちはほとんどなく
ただ、自分の着ていた服のせいで他人の心を傷つけてしまい
そして憎まれてしまったことへの深い悲しみのようなものを感じていました
けれど実際にその時の服は、量販店で買った3400円のもので
色柄が上品だったので高級そうな感じに見えてしまっていたのでしょう
自分ではその出来事はわりとすぐに忘れたつもりでしたが
思えばそれ以来、高価に見える服を身につけることを無意識に避けてきたように思います
そして、わりと安っぽいラフな格好で出かけることが多くなって
街ですれ違った綺麗な服装の人たちから時折ちょっと見下されたような目で見られても
なぜか少しホッとしている自分がいました
最近になって友人から、「 もっとお洒落に気をつかわないとダメだよ!」 って強く言われた日の晩に
布団の中で、「 俺って綺麗なものが好きなのに何でファッションに興味がないんだろう?」 と思った時
ふと、十代のときの出来事を思い出したのです
そのとき、当時の自分がもう今の自分とは別人の少年のように感じて
「 大丈夫だよ・・・もうお洒落を楽しんでいいんだよ 」 って、語りかけたくなって
同時に 「 いま泣くことができたら、心がスッキリするんだろうなあ・・」 って思いました
でも、やっぱり涙は出ませんでした・・
泣くことをガマンしていたわけではなく
とこか意識のずっと奥のところで、何かがブレーキをかけているように感じました
そのときまたふっと思い出したことがありました
自分はもっと幼いころ、「 もう二度と泣くもんか!」 と強く思ったことがありました
詳細は書きませんが、それはある意味ではトラウマのようなものかもしれません
日常生活に支障をきたすほどではなくても
そして今はすっかり忘れ去っていることでも
過去のトラウマが少しずつ生き方の自由を束縛してしまっていることって
意外と多くの人たちにあるのかもしれません
それを考えると、表面だけで相手の言動の傾向を批判することはできない気がします
ましてや占いや血液型で判断できるほど人間の心理は単純ではないのでしょう
トラウマは、時間の経過や周囲の思いやりによって溶けていくこともあれば
封印していた感情にしっかりと向き合って解放したほうがいいこともあるのでしょう
でも、じゃあ僕も思いっきり誰かの胸で泣くことができれば、心が癒されるのかといえば
それは違うように感じます
では自分は何を望んでいるのだろうって問いかけた時に浮かんだのは
どこか景色の良い小高い山の頂に腰をおろして、周囲に誰もいない、すっきりとした青空のもとで
爽やかに笑いながら、まるで流れる汗のように涙を溢れさせてみたいなあ・・という願いでした
そんなときは、涙で心が洗われてスッキリする女性のような気持ちになるんだろうなと思います
いつかそんなときが来るのかな・・
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| 落としもの |
No.127 - 2008/11/10 |
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『 私は君の意見には全く賛成できないが 君がそれを言う権利は命がけで守る 』
民主主義の精神を象徴する言葉だそうだけど
相手の意見とか 発言する権利とか そんなもの自分にはどうでもいい
自分はただ 信じられる相手そのものを 命がけで守りたい
他人の発言や 持っている情報など まともに信じてはいないさ
心から信頼できる親友たち 尊敬できる人たちはいるけれど
彼らの言うことをそのまま真実だと受け止めているわけじゃない
失礼な感じもするけれど 仕方がないと思っている
だって自分が身をもって体験したもの 吸収したものでなければ
どうやって完全に納得できるって言うんだい?
だから 相手の考えや価値観が間違っていたと後でわかっても
がっかりしたりはしないさ 全能の神じゃないんだから
でも相手の脳みその中身なんて信用できなくても
相手の命は 何よりも大事に思えることがある
自分の命を捨ててでも 守りたいと思ってしまう
生き物っていうのは 不思議なものだ
だけど今日もこの惑星では 人と人が殺しあっている
考え方の違いとやらで 多くの命が落とされている
主義っていうのは クソみたいなもんだ
いや、そうじゃない
そんなもの 自然界のどこにも落ちてりゃしないのさ
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| Forgive |
No.126 - 2008/11/06 |
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誰かに傷つけられて心が痛むときは
自分が傷つける側にならなくて良かったって思うと
少しほっとして安らぐんだ
気づかないうちにきっと自分もいろいろな人たちを傷つけてきた
でも悪意のない小さなことだろうなんて言えないさ
相手にとっては深い傷になったかもしれないんだ
いま自分の心が誰かに傷つけられて痛んでいても
これで同じ痛みを他の人に与えない自分になれる
自分を傷つけた相手を許してみようか・・
自分も誰かに許されることを願いながら
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| 私が出会った宇宙人たち by ハリー・古山 |
No.125 - 2008/11/01 |
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※新刊の推薦本のご紹介です
僕が子供の頃からとても信頼しているコンタクティ、ハリー・古山さんの本です。長期の海外生活から数年前に帰国した古山さんが、これまで公開をためらっていたご自身の不思議な体験や貴重な情報を綴っています。UFO写真の他、地球で暮らしていた宇宙人の写真(目にぼかし)や宇宙人女性が描いてくれた絵も掲載。今回、出版を強く勧めさせて頂いた僕が僭越ながら推薦の言葉を寄稿しています。
私が出会った宇宙人たち
〜伝説のコンタクティ30年間の記録
ハリー・古山 著
徳間書店 5次元文庫 定価 648円+税 ISBN:4199060421
【 本の紹介 】(徳間書店HPより)
宇宙人はすでに地球で、様々な国の人に紛れて住んでいるようです。そんな宇宙人とお付き合いするというのは、どういうことなのか?先駆け的な経験者からの貴重な報告レポートです!
●宇宙人公認!「マリアはイエスを生んでいない!」イエスを生んだ母親の正体とは?! ●1964年5月、非公式にメキシコのサンホセ・プルアで開催された宇宙会議の地へ! ●優れた天文知識を持っていた古代マヤ人たちは宇宙人と交信していた ●パレンケは、マヤ人と異星人の交流の場だった!! ……その他、宇宙人が教えてくれた不思議が盛りだくさん!!
↓ 【 本の序文より 】
天使のような優しいまなざしで地球を見守っている宇宙の友人たちは、スペース・プログラム(地球人進化促進計画)のもと、密かに地球社会に紛れて暮らしながら、さりげなく人々を援助している。今、大いなる変容(アース・チェンジ)を目前にして、友好的な宇宙人たちやNASAの重要人物と親交を深めてきた伝説のコンタクティが30年の沈黙を破り、進化した惑星人たちの素顔と心温まる交流体験を語ると同時に、地球人の精神にネガティブな影響を与えている隠れた宇宙勢力の驚くべき真相も明かす。そこには地球人が自らのカルマを克服し、コズミック・マン(宇宙人)として生まれ変わる近未来のヴィジョンが示されている。
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| Victor |
No.124 - 2008/10/27 |
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私を負かそうとする誰かに たとえ敗れたとしても
私は明日の勝利を信じられるだろう
私を負かそうとする誰かに たとえ勝てたとしても
私は淡い虚しさに包まれるだろう
負けることを恐れない誰かに 闘わずに勝ってしまったら
私は底知れぬ敗北感に襲われるだろう
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| your friend |
No.123 - 2008/10/21 |
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どうして自分を助けてくれないのって
天に向かって何度も呼びかけたのに
なにも答えは返ってこなくて
神さまなんていないんだって
きみは悲しくなってしまったんだね
雲の上には 神さまはいないんだ 神さまは いつもきみの横にいて
だいじょうぶだよって そっと手をにぎってくれている
でもきみがそれに気がつかないときは
そばにいる誰かや 何かが代わりになって
さりげなくメッセージを運んでくれている
神さまは上からものを言ったりしないで
友だちみたいに 気さくに笑顔で話しかけてくる
きみからずっと無視されていても
しんぼう強く 絶えずささやきかけている
でも
神さまなんていないんだって きみが泣いてしまうときは
さびしそうにほほえんで ただじっと見守っている
神さまは きみより自分が偉いって思いたくないんだ
だから きみを哀れんだり 同情したりしないで
勇気づけて 励まそうとしている
きみと同じ目の高さで
ときには下からきみを見上げるように
おだやかに 話しかけてくれている
神さまは
きみと友だちになりたいんだ
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| cloud nine |
No.122 - 2008/10/18 |
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『 もう人生おわりにしてもいいかな・・』
きみがそんなふうに思ったときは
自分にむかって
『 よくここまで生きてきたね 』
そうほめてあげよう
そして
自分のために泣いていいんだ
心配なことも 不安なことも
悲しいことも 辛いことも
みんな手放して
とっても軽くなってプカプカ浮いて
雲の上にねころんでみよう
しばらくしたら
『 また地上に戻ってみようかな・・』
そんな気持ちになるきみがいる
なつかしい顔がいくつもみえる
少し前にさよならを言いかけた
この世界へ
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| future |
No.121 - 2008/10/13 |
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うつむいてないで
顔をあげてごらん
明るい未来が
まぶしいくらいに
笑顔できみを待っている
だから
下をむいてないで
目をあげてごらんよ
あんなにみんなが
待ち遠しいくらいに
笑顔できみを迎えてる
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| ascension |
No.120 - 2008/10/10 |
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先日の学園ドラマで自殺未遂の場面がありました
生徒 : 「 あたし、死んで星になるの 」
教師 : 「 人は死んでも星になんかならないよ 」
昔のマンガにも似たような場面がありました
おじさん : 「 わし、死んでおわびします 」
バカボンのパパ : 「 人は死んでもアワビにはなれないのだ 」
最近、アセンションについてある人が言っていました
「 この世があの世になるんだったら、誰でも死ねばアセンションできるじゃん 」
これって子供がプロ野球の試合で代打満塁ホームランを打ったみたいな意見だなあって思いました
次元上昇を待たなくても、死んじゃえば一足先にアセンション♪
でもアセンションって “ 進化 ” ですよね? 肉体を脱ぐだけでいいのでしょうか?
アタシ脱いだらスゴイのよって? いや、そういうことじゃなくて・・・
アセンションした惑星から来たというオムネク・オネクの話を聞いて
それが本当かどうかはともかく、とても興味深く感じた “ 宇宙の法則 ” がありました:
☆物理的世界からアストラル界へ生きたまま移行した人が物理的世界に戻るには アストラル界で死んでから物理的世界に生まれ変わるしかない
☆物理的世界で死んでアストラル界へ生まれ変わった人が物理的世界に戻るには ある方法で体の波動を肉体レベルに下げれば可能である。 しかし再びアストラル界に戻るには物理的世界で死んでから生まれ変わるしかない
つまり、自分で波長を変えて創造した体は最期まで維持する責任があるそうです
そうすると、死んで波長の違う体になるのは自身の創造行為ではないことになります
それをアセンションと呼ぶかどうかは、その定義によるのでしょう
オムネクの話の中で僕が特に関心を持ったのは金星の首都レッツです
それはアストラル界と物理的世界を結ぶ中継都市だといいます
金星がアセンションした際、人々や都市の外観は物理的世界の複製としてアストラル界に現れたそうですが
レッツだけは最初にアストラル界に存在し、変容の時代に物理的世界にその複製が出現したといいます
そして今でも物理的世界の金星とアストラル界の金星に同時に存在しているとのこと
それについてオムネクは 「 レッツはとても独特な都市 」 とだけ述べていますが
それはまるで天から降臨した “ ひとり子 ” の姿のようにも見えます
もしかしたらレッツは次元上昇を誘導 ( サポート ) する役割を持っているのかもしれません
僕個人はアセンションした世界よりも “ 異次元間都市 ” レッツにより親しみを覚えます
精妙な気高い波長の世界で自由に創造的に生きることは確かに素晴らしいことでしょうし
多くのスピリチュアルな人たちと同様に自分も物理的世界の波長にはあまり馴染めませんが
苦難の物理的世界から逃げずに、それを克服していたいのです
比喩的に表現すれば・・・
下層世界と上層世界を隔てる頑丈な壁にパイプ穴をこじあけて我が身をねじ込み
全身に襲いかかる異次元間の凄まじい気圧差を気迫でこらえながら
物質のバイブレーションを根底から持ちあげるように超次元へ上昇させる
それはあくまでも一個人の変容のためであり、世の中への余計な干渉の意図はありません
この最低レベルの物理的世界でも それを超越した力と精妙な優美さを顕現する
それは僕にとって 「 魂を表現すること 」
その結果として気づいたらアセンションが起きている ― それはただの副産物です
物理的世界を超えたどの階層レベルの波長の体を身にまとっていても
創造とは魂が体の中で解き放たれて体を自在に用いて表現すること
あらゆる次元の宇宙は神の創造活動そのものであると思うのです
では次元上昇をもたらす創造行為とは実際にどうすることなのか
僕は何らかの誘導の波が来るような予感をなぜか子供の頃から覚えていました
やがて来る “ 誘い水 ” の波動に乗れるように あるいはその調整に耐えられるように
自らの波長を整え、魂のバイブレーションに調和して生きること
しかし誘導の波動は、それぞれ準備のできた個人の深奥から訪れるものなのか
それとも地球全体が変容の時代を迎えているのか・・・それはまだ分かりませんが
レッツと同じ役割をもつ場所があるとすればチベットあたりかもしれませんね
でも本当に次元上昇を迎えようとしている人たちがこの惑星に増えてきているのか
僕はオムネクの本を通して世の中に問いかけてみたいという気持ちもありました
その反応のしかたによってアセンションのとらえ方が分かるリトマス試験紙として・・・
ただ、特に影響を受けやすい未成年の子たちには言っておきたいのです
2012年に人類は必ずアセンションするなどと断言する大人たちを信じてはいけないよと
まだ純粋な感性をもっている君たちならそのメッセージに違和感を覚えるはず
それよりも自分の魂の声を感じ取って それに忠実に生きてほしい
分かったようなことを言う大人たちは ほとんど何も分かっていないのだから・・・
オムネクの話が真実であるか作り話であるかは全く分からなくても
異次元の金星から来た女性という衝撃度よりも
そしてその話を信じるか否定するかという論争よりも
そこに示された法則を検証することに興味を覚えて、つぶやく人もいることでしょう
「 サッパリ分からない・・・でも実にオモシロイ 」
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| Norwegian wood |
No.119 - 2008/10/04 |
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『 ノルウェーの森 』 と聞けば、村上春樹さんの小説を思い浮かべる人が多いでしょう
ビートルズの曲のタイトル 『 Norwegian wood 』 からとったものです
「 “ノルウェーの木材” が正しい訳 」 との説もありますが “wood” は単数でも森を意味します
歌詞では、女性が男性を自分の部屋に案内して言います
“ Isn't it good, Norwegian wood ? (素敵でしょ? ノルウェーの森よ) ”
作者のジョン・レノンによれば、この歌は彼の情事を婉曲的に描いたものだそうです
ビートルズの場合、複数の意味をからめた言葉を歌詞に入れることも少なくありません
この歌の副題は “ This bird has flown (この鳥は飛び立ってしまった)” です
一夜を共にした女性が朝には部屋から消えてしまっていたことを象徴しています
最後にひとりで男性はタバコに火をつけて 女性の言ったセリフをつぶやきます
Isn't it good, Norwegian wood ? (イカしてるじゃないか、ノルウェーの森)”
それは自分が迷い込んだ森での可愛い小鳥との秘め事を物語風に綴ったかのようです
鳥がいた場所は木材のある家よりも森のほうが似合っています
たとえ当時流行っていたノルウェー製の安い家具を女性が自慢していたとしても
それをノルウェーの森とダブらせる言葉遊びも面白いじゃないですか(Isn't it good? )
wood という単語だけにとらわれてしまうと
全体の情景を眺める作者の目線を見失ってしまうことでしょう
『 木を見て森を見ず ( can't see wood for the trees )』 と言われるように・・・
でも目の前の木を見ながら森全体を眺めることはなかなかできないはずです
ところが すぐにできるんですよ、これが
最近、僕が子供の頃に育った田舎町の木立を見ながら
次の瞬間には森全体を見ることができました
そう、google earth っていうインターネットの細密な航空写真です
まるで十数メートル上空にいるような至近距離で家や木立を見ながら
カーソルを上にずらすと、あっというまに森になって、
さらにちょっと目盛りをずらしただけで日本列島の画像になってしまうのです
「 ああ、これだ!」 そう僕は思いました
視点を一本の木から瞬時に森へ、さらには地球全体に移すように
一つの悩みや一人の嫌な人も 遠目で見れば全体のほんの一部にすぎないように感じられて
「 なんか、ちっぽけな悩みだな。健康で生きてるだけですごく幸せなんだから 」
「 まあいいや。同じ地球の住人だし。他に良いところもいっぱいあるんだから 」
そんなふうに心が広くなってリラックスして 不思議なくらい気にならなくなります
自分自身を寛容な人間に変えるのはすぐにはできなくても
一瞬で空高く舞い上がって大きな視野で見下ろせば気持ちも大らかになれます
名づけて “ ココロのグーグル・アース効果 ”
お試しあれ
僕もそんな寛大なグーグル目線で見てもらえたらいいな・・
「 まあ、いいんじゃない? エメラルドの森 」
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| Natural |
No.118 - 2008/09/27 |
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「 自分なんて生きていてもしょうがない 」
そんなふうに言う人たちって
僕から見たらみんな魅力ある人たちばかりなのに
本人はぜんぜん分かっていないようだった
自分の良さって自分じゃ分かりにくいのかな?
そういう僕も 自分の長所ってなかなか挙げられない
欠点ばかりが 幾つも幾つもあるけれど
少しずつ直していくように心がけて
自分を嫌いにはならないように努めている
でも好きになるのはまだとてもムリ・・
だから人にもそんなアドバイスはできない
その代わり 好きとか嫌いとか忘れるくらい
なにかに夢中になったりしていると
文字どおり 「 無心 」 になれる感じがして
もっと楽に生きていけるような気もする
それを 「 自然 」 って言うのなら
動物や植物はまさにそうなのかもしれない
人間は考えすぎるのかな・・
「 エライね 」 ってホメてもらえたら
素直にシッポを振って喜べばいいんだろうし 「 カワイイね 」 って言ってもらえたら
ぺロって舌を出して鼻を舐めればいい
・・のか?
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| Flower |
No.117 - 2008/09/24 |
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花瓶にさして眺めるよりも
野に咲いたままを見ていたい
人はなぜ花を摘みとってしまうのか
今までずっと分からなかったけど
いつか大切な人に花を贈りたいんだ
麗しく可憐に開いた淡い花びらは
僕の想いを何よりも深く鮮やかに
そして優しく伝えてくれると思うから
それはきっと花にとっても幸せなこと・・
そう信じて 祈りと愛をこめて
そっと花を摘み取ります
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| Heaven on Earth |
No.116 - 2008/09/22 |
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モノへの執着を無くし 欲望や煩悩を捨てて
俗世間からはなれてストイックな生活をする人たち
なぜ?ってたずねたら 悟りの境地に達するためだって
サトリって何? 神さまに近づくこと?
でも神さまのいる天国って ディズニーランドみたいに楽しいとこでしょ?
地味な格好で 坊主頭になって 質素な生活してる人なんていないはず
天国に行く準備って 楽しい生活の予行演習をすることなんじゃない?
お花畑を作って 素敵な眺めや芳香を楽しんだり
野菜畑を作って 美味しい家庭料理を楽しんだり
サークルを作って 音楽や演劇やダンスを楽しんだり
みんなで山や海にピクニックやキャンプに出かけたり
星空を眺めながらロマンティックは夜を過ごしたり
この美しい世界を心ゆくまで満喫できたら
きっと喜んで次の新しい世界へ身軽に飛び立つことができるはず
地上に作られた楽園は 天国にいちばん近い場所なのだから
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※オムネクの本の次回の重版の際に訳注を追記します。 既に本をお持ちの方のために下記に追加文を転載します。
彼女は 「常にポジティブな想念を持つこと」 の大切さを唱えると同時に ネガティブなエネルギーについても説明しています。
【 13章の最後に追記 】
『 オムネクによれば、人がときどき遭遇するネガティブなエネルギーは、過去に存在した魂が残した想念である場合もあれば、下層アストラル界の実体であることもあり、後者の多くは心に隙のある者をうまく操って支配する機会を常に伺っており、サイキックな体験やチャネリングを求めて不用意に自分をオープンにする人を主な標的にしているという。 さらに突然死や非業の死による未練や混乱のために本来の移行を受け入れられずにさまよう魂と接触してしまう場合や、ネガティブな想念を放つ人や興味本位で黒魔術や霊現象を扱う人が強大で邪悪なエネルギーの集合体を引き寄せてしまう場合もあるという。下層アストラル界に蓄積されるこのネガティブ・エネルギーはときには悪魔の様相を呈するほどパワフルで、それを生み出すのは自分の想念の力に気づいていない新しい魂たちであり、そのエネルギーは相乗効果で雪だるま式に膨れ上がるという。 また、思春期に達しない子供が自分の感情エネルギーをうまく解放できずにフラストレーションを溜め込む場合、周囲の破壊的なエネルギーを引き寄せてポルターガイスト現象(手を触れていないのに家の中の物が動いたり、音や光を発したりする現象)を起こしたりするという。オムネク同様にアダムスキーも「私たちは想念の海の中に生きているのです」と説明している。』
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| 丹波さんの思い出 |
No.114 - 2008/09/15 |
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丹波哲郎さんが天国に旅立つ少し前に
「来世研究会」 という会に1年だけ入っていました
丹波さんの霊界話に特に興味があったわけではなく
偶然に若かりし頃の任侠映画の丹波さんを見てファンになったからです
殺気だった場面でも余裕のある丹波さんの雰囲気がとてもカッコ良かったんです
そこで一度はナマの丹波さんを見てみたいと思っていたのです
その機会は意外にもすぐにやってきて
めったにないという、ご自宅での集まりに参加できることになりました
その昔は美輪さんや江原さんもいらしていたそうです
屋上にヘリポートがあるという丹波邸はさすがに風格があり
広い応接間に入ると暖炉の上には亡き夫人の大きなお写真
「女房殿」 と呼んでいた丹波さんの愛情の深さを感じました
集まったのは古くからのファンの方々ばかりで、僕は遠慮がちに隅に座っていました
そしていよいよご本人が登場・・・ ( おおっ、本物の丹波さんだ! )
笑顔で気さくに話し始める丹波さん
「 皆さん、休憩時間はね、廊下のトイレだけじゃなく、寝室の中のトイレも使って下さいね」
( そ、そんなとこ入れないよぉ・・・でも、さすが大物は凄く寛大だ )
しばらくして、付き人が最近のテレビ番組( 臨死体験特集 )の録画ビデオをスタート
すると、ゲストの釈由美子さんが何やらコメントしている場面が映りました
「 ん、これは誰だ?」 丹波さんがドスのきいた声で聞くと
「 あ、最近のタレントさんです・・」 と言って、付き人はビデオを早送りしました
おそらく彼女が軽薄なコメントをしていると思ったのでしょう・・・すると
「 待て! こういう人の言うことが大切なんだ 」 と丹波さん
( さすが・・・大物はたとえ相手が素人でも謙虚に教えを請う姿勢を持っている )
そうは言っても、ずっと穏やかなご隠居のように振舞っていたわけではなく
自然児そのもののように野性味溢れる口調で話す場面もありました
「 俺は欠点だらけの人間だが、妬み、そねみ、恨み、つらみなどは一切もたないんだ 」
堂々と豪語する丹波さんからは、まさにそのとおりの人柄を感じました
「 明るく、素直に、あたたかく 」
丹波さんの説く3つの大切なことは そのまま聞く者の心に染み込んできます
やっぱり人間の器がデカイ・・・ 実際に本人を目の前にしてあらためて感じました
それに比べて自分はチッチャイなあ・・・ そう心の中で恥じていたとき
「 あなた、学生さん? 」 となりに座った女性から声をかけられ
「 あ・・いえ、社会人です・・」 そう言うと、周りの四、五人が 「 えっ? 」 という表情でこちらを見ました
( そこまでチッチャかねえや、バーロー! )
でもアダムスキーやメンジャーが宇宙人に会った時に感じたように
飾らない自然のままの真に “偉大な” 人物の面前にいると
自分が未熟な子供のように感じるというのは本当のようです
ただ、なんだか丹波さんの姿を見るのがこれが最後になるような気もして
まるで実父を見送るときと似たようなちょっと淡く切ない気持ちになってもいました
直接ご本人とお話することはありませんでしたが
生前にお会いできてとても良かったと感謝しています
丹波哲郎さんは 大きな海のような人でした
※写真は僕の誕生日に会から届いたカード。応接間で木刀を振るう丹波さんの写真付き。直筆ではないですが嬉しかったです
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| Window |
No.113 - 2008/09/10 |
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窓辺に花をかざろう
通りゆく人の目を楽しませるように
窓辺に緑をあふれさせよう
通りゆく人の心が癒されるように
窓辺をそっとひらいておこう
立ち止まる人と微笑みを交わせるように
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| River of Dream |
No.112 - 2008/08/31 |
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夢と幻の違いって分かるかい?
実現できるのが夢で できないのが幻だって?
そうじゃないさ
叶えたいと思うのが夢で そう思わないのが幻なんだ
みんなが君の夢を幻想だって言っても
大切なのは 君がそれを叶えたいかどうかだよ
もし夢をあきらめなきゃいけないんだったら
生きている意味なんてどこにあるんだろう
夢の小舟にのって漕ぎ出そう
パラダイスを流れる永遠のストリーム
まだ君にも見えているのなら
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| Pinky Cat |
No.111 - 2008/08/31 |
ふわふわ原宿の街をさまよう PINKY CAT
原っぱで野宿できるとカン違いしたのかい?
ふらふら迷い込んだ神宮の森の中
原っぱで伸びをしておっきなあくびひとつ
軽率な格好もネコだから許されるってかい?
軽食堂のカップルにおねだりする PINKY CAT
ふんわりソフトクリームをペロペロなめる
でもストロベリーとバニラのミックスソフトは
なにげに自分の色ともミックスしちゃってるよ
ふかふか毛並みがご自慢の PINKY CAT
ハートマークをしっぽで描いて誘ってるのかい?
ハードボイルドな紳士をナメちゃいけないよ
でもソフトな甘え声に心がミックスして溶けだしちゃったら
キャッと I scream のピンチだよ PINKY CAT
※どうもマジメ人間と誤解されてるようなので、オモローポエム&画像でアホになりましてん。 (8月31日・・寝起きじゃ)
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| Narcissus |
No.110 - 2008/08/28 |
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きみはどの女の子よりも綺麗だった
他の男子もみんなそう感じていたけれど
誰も女子の前でそんなことは言えなかった
きみはとても才能にあふれた人だった
ふだんは上品でクールな感じでいたけれど
ふっと子供のように無垢な素顔を見せた
きみは彼と行動を共にすることが多かった
よくふざけて彼の首をしめたり髪をいじったりしてきた
まるで子犬が甘えてじゃれついてくるように
彼は他の男子に言われるまで気づかなかった
きみが彼にいだいていた想いを
でも彼はそれに気づかないふりをした・・・最後まで
彼は怖かったんだ・・・きみへの気持ちを考えることが
きみは自然にそっと彼から離れていったように見えた
静かな海の波がいつの間にかやさしく引いていくように
彼はどんな別れも後悔しないようにしている
お互いにとってそれで良かったんだって思うように・・・
でも きみにだけは罪の意識が消えないんだ
ひとつだけ 彼はきみに聞きたいことがあった
でも きみを苦しめたくなかったから
神さまに問いかけたけど・・・答えはもらえなかった
今でも彼は きみの切なげな瞳を覚えている
そして自分を偽善者のように感じているよ
いつの日か 誰かが彼に教えてくれるのだろうか
なぜきみが 女の子に生まれてこなかったのかを
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| your body |
No.108 - 2008/08/25 |
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人間の遺伝的な能力、性格、容姿などは 「DNA」 という一語でよく言われます
もし魂が肉体に宿るとすれば、それは運転手と車にたとえられるかもしれません
そうすると車の種類や性能などがDNAと言えるのでしょう
自分が宿る肉体を魂が事前に選んでいるとしたら
赤ん坊となる先の両親 つまりはそのDNAを選ぶことになります
「自分は男らしさに欠けるから、今度は男っぽい人生を送ろう」
そう思えば、大型バイクやトラックのような乗り物を選択するでしょうし
「自分にふさわしい繊細で優美な女性の人生を送りたい」
そう思えば、なめらかな流線型の乗り物を選ぶことでしょう
ですから 運転手と乗り物の性質は真逆であったり 似通っていたりするわけですが
そう単純に2つに分けられるわけでもないのでしょう
たとえば前世で芸術の修練をした人が生まれ変わってくる際に親を選ぶ場合
自分と近いレベルの芸術的才能のDNAを選ぶと同時に
外見では美形とはいえない容姿をあえて選ぶかもしれませんし
親といっても母親と父親の双方のDNAの影響もありますし
DNAとは別に親との前世の縁でつながっている場合も多いでしょうから
魂とその乗り物 (器) の本質の差を見極めるのは簡単ではないでしょう
もちろん途中で器を改造することも可能でしょう
細身の人が体を鍛えてマッチョになったり
乏しい器量の人が節制とケアでキレイになることもできるでしょう
それは自分を向上させたいとか、外見だけでも変えたいという動機よりも
本来の自分にふさわしい器にしたいという魂の衝動かもしれません
それとは逆に 自分らしさ、つまりは魂をあまり意識することなく
操縦を自動運転に切り替えるように 気を抜いてダラダラと生きていたとしたら
両親から受け継いだDNAの性質がそのままに出るようになり
年齢を重ねていくにつれて衰えていくのを感じながら
それが自分自身なのだと意識するようになります
惰性で生きていたら 本来の自分を見失ってしまうのでしょう
そこで 「出会い」 というものが大切になってくると思います
ある芸術やスポーツとの出会い 職業や趣味との出会い
思想との出会い 自然との出会い 魂を揺さぶる人との出会い・・
それらの外部からの刺激が 肉体、心、そしてDNAという厚いベールを突き抜けて
魂が自らの本性を呼び覚ます 「誘い水 (ソウル・ナビゲーター)」 となることもあるでしょう
それは過去世の記憶を呼び覚まし 前世の自分を思い出すことを伴うかもしれません
ときには環境の変化や予期せぬ出来事が魂の目覚めを促すこともあるでしょう
それは外部からやってきたと言うよりも 自分が求めて引き寄せたものといえます
表面的な心が引き寄せるネガティブな出来事や出会いもありますが
心の奥で覚醒を始めた魂が引き寄せた現象もあるでしょう
いずれにしても 主人公は自分 責任は自分にあるのです
変化を恐れるよりも 変わる楽しさを期待すること
表面の安定を求めるよりも 奥深い安らぎを求めること
何もしないまま不幸になるよりも 何かをして失敗して次の一歩を見つける
現実から逃げて非現実の世界に生きるのではなく
非現実の世界を避けて現実の世界にとどまるのでもなく
現実逃避と現実主義のどちらをも選ばずに
真の現実を生きるために非現実の世界にも心を開くこと
魂が目覚めて自分らしい生き方をしていくにつれて
しだいに自分本来の輝きが瞳に甦り
それは魂の器である肉体にも浮き上がってあらわれてくるでしょう
そしてもはやDNAの束縛を超えて自分らしさを顕現したいと願うとき
さなぎから蝶へと脱皮するように
変容 (アセンション) の時が訪れるのかもしれません
僕自身は 逃げてばかりの繰り返しでした
非現実の世界にふれたら 今の自分ではなくなってしまいそうで
友だちからも 家族からも 社会からも 仲間はずれにされる気がして
自分の正体を知られずに ごくふつうの平凡な人生を送りたくて
でも それがうまく行きかけると 魂を揺るがす出会いが訪れて
再びアウトローの道を歩み出す・・・
やがて俗世間に染まっていって 人並みの平凡な暮らしをつかみかけると
また人生を一転させるような衝撃的な出来事が訪れて
自分の魂の命ずる道へと大きく方向転換させられる・・・
それでもまだ懲りずに 時間をかけて現実主義の人間に戻れそうになるとき
予期せぬ出会いによって 非現実の世界を探求せざるを得なくなり
見えないものを求める苦しさから現実に戻ろうとしても
周囲を八方塞がりにされて逃げ道を全て消されてしまい
もう覚悟を決めて本来の自分らしく生きるしか術がなくなる
そして ひと仕事を終えた今 僕はまたスキをみて戻ろうとしています
ごくあたりまえの 平凡な暮らしに憧れて・・
でも わかっています
また 次が来ることが ―
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| mirror |
No.107 - 2008/08/19 |
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「明鏡止水」 ― 澄んだ鏡面と穏やかな水面
静かな海面に太陽がまぶしく映り
澄んだレンズが鮮やかに写す
水面と鏡は 心と考え方
両方が曇りなく光を受け入れるとき
相手の輝く姿をとらえることができるのでしょう
そして内なる光が澄んだ心に映し出されるとき
全ての答えは自分の中にあることを知るのでしょう
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| Virginity |
No.105 - 2008/08/13 |
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僕の体に残るいくつもの傷跡を
名誉の勲章だなんて思わないよ
破れた皮膚も 砕けた骨も
仕方なく負ったもの・・・負の勲章さ
『人は多くの試練を乗り越えて強くなる』
『苦労の経験を重ねて人格が形成される』
そんな強さや人格を勲章だなんて思わないよ
人は試練を通して自分の弱さを学ぶんだ
苦労をするほど素の自分に戻っていくんだ
それを認める勇気のない人たちが身に付ける
薄汚れた 『根性』 意味ありげな 『悟り』 ・・・負の勲章さ
人は君のことを 『ちょっと真面目すぎる』 って言う
そして 『世の中のことを知らない』 とも言う
でも君は自分らしさを失う必要はないんだ
彼らの世界に身をまかせる必要もない
だからずっと守り通してほしい
your virginity
そのためなら
僕は喜んでこの身に負の勲章を刻むよ
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| Do you feel pain? |
No.104 - 2008/08/10 |
生まれた時は4本足、成長すると2本足、
老いると3本足。この生き物は?
答えは 「人間」 ・・・って、ホント?
多くの人間は成長できずに3本足で一生を終えるように見える
自分の足だけで立つことができず、杖に頼って生きているように・・・
杖とは 世間の常識 思想や宗教 モノ・お金・人への依存 所属する集団・・
杖で人を指図し ときに打ち ときに刺し ときに引っ掛け ときに引き寄せる
杖は手足とは違い 相手を殴っても転ばせても自分は痛みを感じない
心ない言葉で人を傷つけるのも ナイフで人を傷つけるのも
相手の痛みに鈍感だからできること
でも 大切な人を本気で叱るとき 愛する人を素手で叩くとき
相手と同じように ときにはそれ以上に 自分も痛みを感じてしまう
言葉や道具で人と接するのは最小限でいいと思うんだ
ただ素の心と 素手と素足で コミュニケーションをはかればいい
魔法の呪文も 魔法の杖もいらない
アホな奴を見かけたら ケツにケリを入れればいい
素晴らしい奴に出会ったら グッとハグすればいい
信頼できる奴と分かったら しっかり目を見て しっかり握手すればいい
言葉を使ってもいいけど 道具を使ってもいいけど 不器用なままでいい
優しい言葉を使ったほうがいいって?
でもそれはグローブをつけて顔面にパンチするようなもの
ゲンコツで殴られるより痛くはないけど 脳へのダメージは何倍も大きくなる
優しさも ときには残酷なんだ
飾らない 素のままの 自然な自分で接するのがいちばんいいのさ
(※写真は何年ぶりかで自分を撮ったもの。 このエッセイに添える画像が無かったので仕方なく・・)
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| mistake |
No.103 - 2008/08/08 |
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画像は父が生前に作った校正用資料の目次の一部
「ミスは最初からあると思え」
よくそう言っていました
父は趣味を兼ねて校正の副業をしていましたが
当時の僕は 「校正なんて面倒くさいことをよくやるよなあ・・」 って思ってました
まさか後に自分が自分の本の校正をすることになるなど夢にも思っていませんでした
今朝の明け方の夢で父が出てきたので、僕は思わず話しかけ
「オヤジ、俺さ、本を出したんだよ。で、次の重版まで校正やってくれないかな?」
「ああ、いいよ」
「じゃあ、本を送ろうと思うんだけど、まだしばらくここにいる?」
「ああ、いるよ」
「わかった、じゃあね」
そう言って帰路につきながら
「たしかまだ手元に2冊残ってたはず・・どうやって送ろうかな・・」
なんて考えながら目を覚まして・・・
「あ、オヤジもういないんだっけ・・・本を見せてあげたかったな・・」
そう気づいて、あらためて残念に思いましたが
出版の前には父の言葉を念頭に置いて懸命に校正をしていた自分を思い出しました
「ミスはあるもの。そう思って文章を読まないといけない」
それは言い換えれば、どんな人間でも間違いをおかすということ
最初からそう思って接していれば、相手の言葉を鵜呑みにすることもないし
間違いに気づいても、がっかりしたり怒ったりしないで、淡々と受け止められる
父も知ってか知らずか、含蓄のある言葉を残してくれたものです
「オヤジ、やっぱり校正やってくれなくていいや。オレ自分でやるから」
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| Heart |
No.102 - 2008/08/05 |
「胸の鼓動に耳を澄ませていたい」
最近、そんなことを思います
残念ながら自分の胸には耳をつけられません
でも 「自分の」 と言っても
意識して心臓を動かしているわけではないので
ときどき自分の心臓の上に手をおいて
「ありがとう・・・生かしてくれていて」
そう心の中で感謝しています
「心臓」 って字にあるように
心って胸にあるって思うんですよ
ハートがときめくとドキドキするのは
ただ警報器みたいに鳴ってるからじゃなくて
ホントにそこに心が宿っているからだと・・・そう感じるんです
命はハートの最初の鼓動で生まれ、最後の鼓動で去っていきます
でも いつまでも誰かのハートに残っていられたら幸せですね
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| shadow |
No.101 - 2008/08/04 |
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大切な人よ
あなたは影を見る人でいてほしい
まばゆい光の背後に尾を引く影の残像を・・・
文字の行間 会話の沈黙 一人の行動
多くの人が見過ごしている美しいものに
あなたは気づく人でいてほしい
『神は愛です。全てを愛しましょう』
そんな綺麗な言葉で 心を満たされているよりも
さりげない言葉で 誰かの心を癒す人でいてほしい
そんなあなたが いちばん神さまに近いから
『チャクラに光を取り入れましょう』
そんな気分の瞑想で 体を活性化させているよりも
体の不自由な人に そっと手を差し伸べる人でいてほしい
そんなあなたが いちばん輝いて見えるから
でも大切な人よ
猛暑の夏は 影を見ない人でいてほしい
まぶしい太陽の木陰から尾を引く影法師を
多くの人が見過ごしている見苦しいものに
あなたは気づかない人でいてほしい
素っ裸になって着替えている僕に・・・
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| White Angels |
No.100 - 2008/07/24 |
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写真は淡くきらめく紺青のエーゲ海に泳ぐ白みがかった魚たち
オムネクとの出会いの架け橋になってくれたマーティン (Martin) がバカンス中に撮ったものです
彼はドイツ系スイス人で、ネッスル・スイス専属のプロカメラマンでした
本の巻頭カラーに使われている写真のうち2枚は彼による撮影です
マーティンはオムネクのセミナーに全て出席したという熱心な生徒でもあり
最初の写真(口元に指を当てているもの)はオムネクの一番のお気に入りとのこと
動いている姿を撮ったものですので多少のブレがありますが
それもまた面白い効果を生み出しているようで
青みがかった淡い光の中で彼女のブロンド髪とセーターが白っぽく映えています・・
マーティンとオムネクのツーショット写真もあるのですが
彼がグラスをメガネのように目に当てたおふざけ写真なので掲載はできませんでした
「このすぐあとで彼女もふざけて僕の肩に頭を乗せたんだよ・・」
そう嬉しそうに言っていました
マーティンは独身貴族で恋人と欧州を巡りながら悠々自適生活のようですが
長年UFO研究をしていて、あちこちで情報収集やディスカッションをしているなかで
ときには危険そうな人物から誘い出されそうになったりもしていましたので
「出かける前には複数の人に自分の行き先を告げておいたほうがいいよ」
そう警告をしたこともありました
僕自身も怪しい誘いを受けた経験があるので彼の身が心配だったのです
彼の協力なしでは日本でオムネクの本を出すことはできなかったでしょう
特にオムネク本人ですら持っていない貴重な資料などを
「僕よりも君が持っているべきだ。それでみんながハッピーになるんだから」
そう言って スイスのホワイトチョコレートを添えて航空便で送ってくれました
こう言うと、彼は天使のような優しい心の持ち主のような印象を与えるかもしれませんが
相手がちょっと性格に問題のある場合にはブチ切れてしまったことも何度かあったようです
ただ彼の写真にはいつも自然や動物への優しいまなざしを感じます
オムネクについては彼は何度も強い口調で
「彼女は絶対に大丈夫だ! 彼女に会った時はいつもそう感じた」
と言っていました
僕自身は彼女が完全な人間だとは思っておらず
過ちをおかすこともあるだろうとすら感じていますが
語る内容が全て正確であるかどうかは別として
彼女は自分の中に 「ブレない」 ものを持っているようにはいつも感じます
マーティンの写したオムネクのちょっとブレてる2枚の写真は
彼女の自然体で無邪気な素の部分をうまくとらえている感じがします
きっと純真さが一番の強さなのでしょうね
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| I LOVE YOU |
No.97 - 2008/07/17 |
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コンニチハ! プレーリードッグのほっくんです♪
毎日のくらしの中で誰でも
ひとりぼっちは淋しい時もあれば
ひとりっきりになりたい時もあるものです
誰かがそばにいてほしい時もあれば
自由にのびのびしたい時もあるものです
誰もがひとりで生まれ、ひとりで死にますが
誰もがひとりで生きてはいけないものです
孤独と共存 孤立と共同
相反する二つの間を振り子のように行き来する生き方は
相手との関係に愛憎という矛盾を生み出す一因なのかもしれません
誰かから嫌われてしまうのは悲しいですけど
変な好かれ方をされてしまうのも困りますよね
嫌われている相手からは
「こっちへこないで!あっち行って!」
なんて言われて、ヘタに近づこうものなら、思いっきりひっぱたかれるかもしれません
でも変に好かれてる相手からは
「ずっとここにいて♪ どこへも行かないで・・」
なんて言われて、ヘタに離れようものなら、力ずくでひっぱられるかもしれません
「嫌いと感じる理由はたいてい感情的なもの」 「愛着は魂の自由を奪う」
オムネクさんはそう言って
お互いを魂の存在として自覚し、そうでないものを認識するための良い訓練として
「ものごとを嫌うように好きになろうとすること」
という不可解な?アドバイスをしています
それを実際のセリフに置き換えると
「近づき過ぎないで! 大好きよ♪ 自由にどこへでも行って! ずっと一緒よ♪」
と言いながら、つかず離れずの距離を保つことなのかもしれません
どんなものにも個性があり 他と全く同じものはありません
しかし宇宙の全てのものは原子や電子から成るように
どんなものにも共通点があり 他とまったく異質なものもありません
ですから 完全に同化したり反発したりする関係は存在しないのでしょう
むしろ正反対なもの同士が結合することで完全さを体現できるのかもしれません
自然な関係は体の関節に似ているようにも思います
ひじの関節も ひざの関節も 伸ばす筋肉と縮める筋肉がバランスを保っていますが
急に勢いよく伸ばしたり曲げたりすると関節を痛めてしまいます
伸ばし切らず曲げ切らず ゆっくりと屈伸させること
そうすると筋肉もスムーズに動き、効果的に発達していきます
腕を伸ばすときは 縮ませる力で少し抑えながら伸ばす
それは相手を嫌うときに 感情的に反発しすぎないようにすること
腕を曲げるときは 伸ばす力で少し抑えながら曲げる
それは相手を好きになるときに 愛着を感じすぎないようにすること
それが 「好むように嫌いになる」 & 「嫌うように好きになる」 訓練
痛まないように適度なクッションで心を柔らかくバウンドさせて
美しい軌道を描きながら愛を成長させていくことなのでしょう
だから・・・
ちょっとそっけなく
でもしっかりと見つめながら
ボクはあなたに
I LOVE YOU
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| taste by yourself |
No.96 - 2008/07/14 |
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何を思っているかなんて 分からなくてもいい
何をしているのかだけ 見て分かればいい
誰かを信じて その言葉を信じてもいい
でも自分で確かめてみなきゃだめさ
どんなに素晴らしい人だって
間違った思い込みを持っているもの
誰もが失敗を繰り返して学んでいるんだ
慎重に考えることも 直感に頼ることもいい
でも自分から行動を起こさなきゃだめさ
どんなにバランスがとれていても
思っているだけなら絵に描いた餅
誰もが思い切って一歩を踏み出しているんだ
よく分からないから 見抜く直感力もないから
信じることができないって?
自信がないのは誰だって同じさ
それを素直に認める勇気が大切なんだ
「神は完璧である」
立派な本にはそう書いてあるけれど
もし神が完全な存在なら
俺はそれを愛することなんかできない
自然ってものは
自分を犠牲にして命を生み出している
自らを不完全にしてまで捧げ切ろうとしている
俺はそう感じるんだ
完璧なものなんて何もない
だから全てのものは
助け合わなければ生きられない
誰かに完全さを求めて追いつめるよりも
あえて未熟さを認めてあげるほうがいい
相手に正しさを求めて裁こうとするよりも
あえて間違いを許してあげるほうがいい
自分が真実だと感じることを断言するよりも
相手が自分で判断する余地を与えたほうがいい
ひとりでは 完全にはなれないのだから
誰ひとりとして 欠けてしまうことなく
皆でつながっていかなきゃいけない
相手の魂を信じて
永遠の未来にある完全さを見つめて
ずっと生き続けていく
それが 永遠に愛するということ
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| What is simple? |
No.95 - 2008/07/12 |
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やれ打つな
ハエが手をする
足をする
一茶
ちいさな生き物にやさしい小林一茶の句です
じゃあ ハエたたきやスプレーでハエを殺す人は残酷なのでしょうか?
そこまで考えてない・・というのが正直な気持ちのように思います
ハエは汚い・・食べ物にばい菌がつく・・つまりは害虫なので退治して当然
そういう考えがもともとあるのでしょう
「私はハエと仲良く共存してます」 という人のお家にはあまりお呼ばれしたくないですし・・
僕はハエをみつけたら窓を開けて外へ出すようにしていますが
一茶はハエの手足の動きまでよく見ていたようです
だから 「打つな」 と言った・・
観察すること それはとても大切なことのように僕は感じます
その逆はよく見ないこと それはときにはとても残酷なことになります
車を運転する人が前方に不注意であったら・・歩行者がいないと思い込んでいたら・・
運転手がどんなに心優しい人であっても 残虐な殺人鬼と同じ行為をしてしまいます
そこに悪意は全くなくても よく見ないことが悪意と同じ結果を生むのです
不注意であること 慎重ではないこと よく観察しないこと
気を抜いて生きることは ときとしてとても危険なことなのでしょう
よく 「複雑に考えないで単純になること」 が自然な生き方のヒントとも言われます
ただ精神世界の情報を受け取る心の純粋な方たちに注意して頂きたいのは
「シンプルさ」 と 「軽薄さ」、そして 「素直さ」 と「信じやすさ」 は
似たように思えても実際は正反対のものであるということです
本当のシンプルさとは、余計な思い込みを捨てて、対象をきちんと観察すること
本当の素直さとは、誰かの言葉ではなく、自分の魂の声に従うこと
つまり 心の目でしっかりと感じ取ることだと思うのです
そうすることで 自分も他人も傷つけずに済むでしょう
今、精神世界のリーダーの中にはおかしな方向へ人々を導いている人たちもいるようです
日本人は特に活字になったものを必要以上に信じやすいと言われますが
本を売るためには平気でウソを書く人たちが意外に多くいるのです
語られる言葉に惑わされずに かすかな違和感を無視しないようにしてほしいのです
そして精神世界の暴走車にひかれそうな人を見かけたら注意してあげてください
すずめの子
そこのけ そこのけ
お馬がとおる
一茶
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音のない世界
温もりに包まれた蜃気楼にまどろみ
ほんのりとした陽射しに染められた頬に
そっと口づける
時のない世界
涼しさに満たされた異世界にやすらぎ
うっすらとした月明かりにきらめいた瞳に
そっとささやく
僕たちは 帰ってきたんだ
天の川のほとり 透き通った蒼い花の園に
地上の人は君が そして僕が とてもクールだと言う
愛情や 友情というものが 欠けているかのように
僕たちは 落としてきたんだ
この体のほてり すっきりと洗い流すように
地上の人は自分が そして相手が 熱っぽいことに気づいていない
愛着や 執着という名の 風邪をひいていることに
でも七夕の夜は
頬にふれた淡い冷たさで
二人は恋の風邪をひきました
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| from the sky |
No.92 - 2008/07/04 |
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姉が昨年授かった初めての子供を見るたびに
「君は親を選んで産まれてきたのかい?」
そんなふうに聞きたくなります
よく産まれて来る前や胎内にいる時の記憶を持つ子供がいるそうです
空の上から (ときには天使さんと一緒に雲に乗って) お母さんを見ていたとか
お父さんとお母さんがまだ結婚する前の初デートの時から見守っていたとか
知るはずのない (話したこともない) 妊娠中の出来事を知っているとか
幼い子供の空想として片付けることはできないような不思議なことが沢山あるそうです
こういう話は輪廻転生などを信じない人には受け入れられないでしょう
UFO研究家のキャロル・ハニーは生まれ変わりは認めていましたが
心霊現象や幽体離脱は科学的に説明できると主張していました
彼は20歳頃に結婚して子供もいる人でしたが
あるときふとこうもらしたことがありました
「かつて娘が言っていたんだ。産まれてくる前に空の上から自宅を見ていたと・・・」
僕はすかさず 「それってよく子供の魂が空の上から親を見てるって話?」 って聞くと
・・・あっさり無視されました ( ンナロー! )
まぁ、前世の記憶と結びつければ 地球に飛来した円盤の窓から見ていたかもしれませんし
他の惑星にいながら google earth みたいなもので地球上空からの画像を見ていたのかもしれませんが
異次元世界を信じない彼からも同じような話が出てきたのは興味深いことでした
胎内の子供と母親はまるでテレパシーのように心が通うこともあるようで
妊娠中(またはそれ以前に)夢の中に見知らぬ子(未来のわが子)が現れたという体験談も珍しくありません
ちょっと話は変わりますが、このところ僕の明け方の夢にときどき見知らぬ人が出てきます
不思議なことに夢の中では以前から知っているようなとても親しい感覚なのです
断片的な言葉を残していくのですが・・顔はよく思い出せません
私たちはどこかにいる親しい人たちと睡眠中にコミュニケーションをとっているのかもしれませんね
さて、生まれてくる前の記憶を持つ子供は必ずしも両方の親を選んでくるわけではなく
母親だけ もしくは父親だけを選んでくる場合もあるそうで
初めての子の中には恋のキューピッドみたいに両親を引き合わせることもあるようです
事情はさまざまでも誰もがカルマによる必然の結びつきで家族となっていくのでしょう
でも 「生まれてくる子供の好みで結婚相手を勧められるのは何だか複雑な気持ち・・」
そう感じる人は未来の子供に向かって心の中でお願いしておくといいかも?しれません
「お〜い、ちゃんと私の好みも考えに入れておいてちょうだいね〜」
「いいよぉお!」 (←って誰やねん!)
※オムネクによるとアストラル界での懐妊には二つの方法があるそうです:
@物理的世界と同じ方法
A特別な瞑想とマントラ(真言)によるもの 特別な部屋で行うそうですが、二人の部屋でもいいとのことです
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| rose coeur |
No.91 - 2008/06/30 |
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淡く柔らかな華の香り
ちぎれた花弁の傷口をつつんで
でもずっと痛みを感じていたい
それは唯一のあなたの名残り
うっすらと滲んだ血は
あなたのもの? それともわたし?
甘い蜜の中の眠りに惹きこまれそう
散り落ちる花びらを受けとめてほしい
錯綜する想いは誰のもの?
いつまでも つながっていたい
ずっと はなさないで
からめあう指は ほのかな桃色に彩られ
遠のく意識のなかで
濡れた枕にそっとおかれていた
わたしは妖精の世界から地上におちてきた
ふたつに割れたハートのかけら
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| 丘に立つもの |
No.90 - 2008/06/24 |
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リアルタイムでは知らないのですが
派手なファッションといえばジミー・ヘンドリックスを連想します
以前にジミヘンのファンの方から
「派手な服でも ジミでヘンとはこれいかに?」 とかけられて
彼の代表曲 「パープル・ヘイズ」 にひっかけて
「地味な屁でも 紫のヘイズ(かすみ)と言うがごとし」 と返したことがありましたが
髪をパープルやグリーンに染める人が少ないのは派手すぎて目立ってしまうからでしょうか・・
「出る杭は打たれる」 のことわざをもじって 「出すぎた杭は打たれない」 ともよく言われますが
「出すぎる」 ことも 「入りすぎる」 ことも極端なように僕には思えるのです
現実には 出すぎた杭は地面の上でグラグラして安定せず、入りすぎた杭は土の中で腐ってしまいます
それはまるで打たれないようにおどけて見せたり隠れたりする人間の姿のようです
僕なら 「打たれてもビクともしない杭になれ」 と言いたいところです
UFOや宇宙人を例に挙げると・・
夢見るようなうつろな目で 「私は毎晩の夢の中でUFOを見るの」 と言う人がいたら
「ああ、そうですか・・」 と 世間の多くの人はあまり興味なさそうに聞き流すでしょう
逆に 満面の笑みを浮かべて 「私には宇宙人の声が聞こえるの」 と言う人がいたら
「ああ、そうですか・・」 と 世間の多くの人はあまり目を合わさないように聞き流すでしょう
自分の世界に入りきっている人や 別世界にトリップしてしまっている人は敬遠されて打たれにくいものです
ところが
「私はUFOを写真に撮り、地球人と似た姿の高貴な宇宙人に会って円盤に同乗し、月面を見てきました」
そう言ったアダムスキーは世間の多くの人からペテン師と呼ばれ嘲笑され
「私はアストラル界の金星から体の波動を落とし物理的な体となり、宇宙船で地球に来ました」
そう告白したオムネクも世間の多くの人から好奇の目を向けられ失笑を買いました
二人がもし物質的なUFOや肉体を持つ宇宙人を低レベルな存在として軽視して
地球社会に紛れている異星人たちや月や金星についても語らず
ましてや物的証拠を示したり自分自身を生き証人として衆目にさらすことなどせず
現実世界とかけ離れた見えない世界からの愛と癒しのメッセージだけを伝えていれば
とらえどころがないがゆえに、おそらく世間から見下されることもなかったでしょうし
カタチのない異次元生命や奇怪なETについて語っていれば一笑に付されるだけで済んだでしょう
僕はここでアダムスキーやオムネクの主張が100%真実だと言っているのではありません
大切なことは二人が現実的な側面から逃げずに、真面目に検証すべき情報を提供したバランス感覚であり
綺麗な言葉だけのメッセージや加工画像で読者を欺く人たちと一線を画していることです
現在の太陽系の真実に触れず、太古の歴史や遥かなプレアデス、シリウスを語る人たちも同様です
現代のチャネリング情報の多くが昔の心霊コンタクティの話をベースにしていることはあまり知られていません
それらを信奉するスピリチュアルで愛深い善良な人たちは無意識のうちに
太陽系惑星の現実的な真相から大衆の目をそらすことに協力してしまっているのでしょう
UFOは宇宙空間のフリーエネルギー(電磁力)を利用した金属製の物体だと言うよりも
「UFOは自由に非物質化します」 「宇宙人は体を持たない意識の存在です」
と言って 神のお告げと同様の世界に入れてくれていたほうが
石油財閥や陰の支配者たちにどれだけ喜ばれることでしょう
実際には彼らがニセ情報の仕掛け人である場合もあるような気がします
慈愛の言葉や光のワークを盛り込めばニューエイジ系の人々はすんなり信じやすいですから・・
精神世界のみに生きることは 物質主義と同様にアンバランスなものです
肉体を脱却することで自由になれたり 意識が広がって能力が拡大することは
スポーツ選手が現役を引退して スタンドの解説席から試合を見るようなもので
初めて全体がよく見えてきて 選手にアドバイスもできるようになり
「あなたの後ろから敵の選手が近づいてきますよ」
「遠くであなたからのボールを待ってる味方選手がいますよ」
などと言えますが グラウンドで身をもってお手本を示すことはできません
同時に 生身の人間が感じる痛みに鈍感になっているのも特徴です
未来や過去を言い当てたり 人の心を読んだりする者たちの中には
何のためらいもなく相手の不幸の未来を語って反感を買ってしまっても
相手がなぜ怒るのか分からずにきょとんとする者もいますが
だんだん経験を積むにつれて 人の心を操るテクニックを身につけ
思うままに利用される信奉者たちが生まれるようになります
これがいわゆる霊媒や「体を持たない存在」 をむやみに崇める精神世界の危うさなのです
また 「私は存在するだけで世界に貢献している」 と言って瞑想するだけの 「悟り症候群」 の人たちもいます
健全な精神と体を数百年も保って活動している身近な宇宙の友人たちをなぜ見習わないのでしょう?
特別な知識や超能力などではなく 彼らのささいな日常の行いから多くのことが学べるのに・・
明らかに・・彼らの存在に気づいてほしくない人たちがいるのでしょう
それは地球人だけでなく、闇の宇宙勢力の意図でもあるようで
自分たちの身の保全のために 地球の一般大衆をコントロールして
「宇宙人は人間の姿をしていない」 そんなかく乱情報をも広めているのでしょう
(※地球人に援助の手を差し伸べている友好的な宇宙人たちと、戦争を繰り返す地球人を信頼していない非友好的な宇宙人たちの2つの勢力については、「本のサロン」でご紹介しているハリー・古山氏の著書をご参照下さい)
アニメやCGの主人公が10メートルジャンプしても誰も驚きませんが
生身の人間がそんな離れ業を見せたなら世界中から注目されます
現実離れの “出すぎた” 杭や 現実逃避の “埋もれた杭” になるよりも
現実と超現実のはざまに “出る杭” となった勇気ある “超人” たちはごく少数です
「人間技を超えている!」 と観客のド肝を抜いたブルース・リーは
「東洋人が主役になれば批判を受けるから、目立たない脇役か道化役を演じるしかない」
そんな屈辱的な助言を受けながらも、地味な役柄や浮ついた演技で生き残ろうとはせず
ひとり夜中に目を覚まして泣いたこともあったといいますが
念願のハリウッド主演映画が全米公開される直前に急逝しました
以前に彼のお墓参りにシアトルのレイクビュー・セミトリーを訪れたとき
偶然にもジミー・ヘンドリックスのお墓もそこにあることを知りました
白人社会で “出る杭” となり、伝説となったこの二人の東洋人と黒人を
僕は心から称え、自分もそうありたいと願っています・・
魂が
燃える花火の
鮮やかさ
See you in Heaven, Bruce and Jimi !
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| Follow your heart |
No.89 - 2008/06/17 |
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竹縁を
どんぐり走る
嵐かな 子規
どんぐりはホントは走ってるんじゃなくて 強い風に転がされてるだけですが
競争心という嵐に煽られて走っている人間の姿はまさに 「どんぐりの背比べ」 のようです
「地球には競争という概念がはびこっていて 勝者と敗者を生み出している」
そう嘆いているのはオムネクだけではないはずです・・
同じことをそれとなく言っている人が身の回りにいたら
本人に意識はなくても どこかの星から来た魂の持ち主かもしれません
「競い合ってこそお互いに切磋琢磨できる」
そういう考えもあるでしょうが なんだかスケールが小さい感じがします
格闘家のミノワマンみたいに 頭上を飛ぶ旅客機と競争するのなら別ですが
同じ人間どうしで能力を比べ合い 競い合って神経を消耗させるより
お互いを助け合い 高め合うほうがどんなに楽しくてすがすがしいでしょう
恋人を選ぶときにも 比較や競争ばかりが目立つ感じがします
「外見は○○さん、性格は△△さんがいい」 とか
「自分に注目させて、イケてる恋人をゲットしよう」 とか・・
そして希望通りのモノが獲られない 「負け組」 は嫉妬とコンプレックスに苦しむ
なんだか疲れてしまいそうな世界です
競争して手にした栄光は つかの間だけ酔わせてくれるお酒のようなもの
それはただのまぼろしだから やがてまた虚しさに襲われることでしょう
自分を磨くっていうことは 誰かと比較することじゃなくて
素直に自分らしくなること
本当に大切なものは 競争して手に入れるものじゃなくて
これまでもずっと そしていつまでも永遠にすぐそばにあるもの
比較も 競争も 宝物を見失った人が幻影を追いかけ続けているようなもの
自分で自分を見失わないかぎり 大切なものが消えてしまうことはない
愛する存在は どこへも行ったりはしない
どんぐりは 立派な木に育つのが一番カッコいいはず
竹縁の上を急いで走るより 大地に抱かれてゆっくり芽を出せばいい
本当の力持ちは 縁の下にいるものだから
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| ホンヤクこぼれ話 |
No.88 - 2008/06/10 |
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オムネク・オネクの本の 「訳者あとがき」 に
「好きなことに夢中になる子供のように翻訳を始めた」 と書きました
確かにとても充実していましたが 終わった途端に急に倒れてしまいました・・
経験のない強烈な頭痛、水も飲めないほどの喉の腫れ、止まらない咳、そして腹痛と嘔吐が一ヵ月以上も続き
まるで気を抜いた瞬間に 見えない敵に総攻撃を食らったかのようでした
しばらくして病院に行きましたが 弱みを見せたくなくてつい平気な顔をして
「あっちこっち痛いって何なんスかね〜」 って気楽にたずねたら
「いろんな菌に攻撃されてるんでしょうね〜。薬出しときま〜す」 とのこと (ちゃんと診ろよー)
さて、自叙伝や体験記などの翻訳をする際は
心を落ち着け 意識をいったん空白にして
あたかも著者に心を重ねるようなつもりになります
ただ オムネクが故郷の惑星での思い出を語る場面は
自分の意識も似たようなバイブレーションでいたいように感じて
何気なく Love Psychedelico の音楽をBGMに選びました
最初にオムネクを知った数年前
連絡を取る手掛かりすらも全く見つからずに途方に暮れていたとき
美しい紺青の星雲に浮かぶ金星から宇宙船で地球にやってくる彼女の姿に重ねるように
“Fantastic World” という曲を聴きながら どこかにいる彼女に向かって
「僕の心の声を感じ取ってほしい」 そう就寝前に呼びかけていたものでした
その後に不思議な偶然が重なって彼女と接触できて翻訳が決まってからは
Psychedelico の kumi さんの声がどことなくオムネクに似ていたこともあったせいか
または彼らが敬愛するジョン・レノンは金星から来たのだろうと僕が感じていることもあったのか
彼らの曲はどことなく異次元へいざなう雰囲気を持っているように感じられました
光彩に溢れた幻想的な風景に流れているような “All Over Love”
魂の分身のような自分の部屋に別れを告げる最後の日に重なるような “Neverland”・・・
ホントは弦楽器とコーラスだけで聴きたかったのですが 曲をエンドレスに流しながら
オムネクの身に起きたことを追体験しているような感覚になっていました
本が出版された時に いろいろな人から 「おめでとう」 と言われたのですが
「え? あ・・はい、ありがとう・・」 と ピントのずれた応答をしてしまっていました
そのときはもう、翻訳をしていた自分は過去の別人のように感じていたからです
今でもときどき就寝前に本のジャケットを眺めながら “Fantastic World” を聴いていると
ベッドに横たわって空想していた当時の自分にタイムスリップしたみたいに感じて
なんだか出版までの一連の作業は夢の中の出来事であったような気がして
いまふと目が覚めたら手元に日本語版が置かれていたような錯覚に包まれたりします
This is such a fantastic world ・・・
― with Love for Psychedelico
※画像はCDより(左リンク参照)
【こぼれ話 番外編】
「ポジティブなビジョンだけを心に描いてください」
本の 「まえがき」 でオムネクはそう言っています
ですから ネガティブなことをわざわざ書く必要はないと思いますが
地球社会の厳しさを少しだけ察して頂くためにあえて言いますと
本が出た直後に彼女の身に一時はどうなることかと心配させられた出来事がありました
それを予知していたわけではありませんが
最初にメンジャーの本でオムネクのインタビューを少し紹介した際に
「書物などではオムネク・オネクの名前を使っています」 と説明しながらも
インタビューで呼ばれていた 「クリスティーナ」 というミドルネームを前面に出しました
彼女の本が出版されるまでは できるだけ目立たないようにすることで
誰にも妨害されたくなかったのです
それから これは確証はありませんが
僕へのネガティブな働きかけだったかもしれないアプローチもありました
「一人だけ だまされない者がいた。それは君だ」 最後にそう言われました
自分は選ばれた特別な存在だとか 世界を救う使命があるとか
そんな言葉で操られている霊能力者やチャネラーは多いのかもしれません
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| ちいさな水紋 |
No.87 - 2008/06/04 |
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古池や
かわず飛び込む
水の音
芭蕉
静寂な池のほとりでカエルがポチャンと飛び込む小さな音が聞こえそうですが
目を向けた先にはすでにカエルの姿はなく
ただ水面に淡く広がって消えていく波紋だけがあるのでしょう
ときに人は葉っぱの上から池を眺めるカエルのようでもあります
今の不安定な場所から未知の世界へ飛び込もうかどうか迷いながら
誰かが背中を押してくれたり 池の中から手招きするのを期待していても
いつまでも何も起こらず 何だか取り残されたような気持ちになって
自分は一人ぼっちで 世間から必要とされていない存在のように感じてしまう
自分が社会の中に飛び込んだところで 何ができるというのだろう?
「一人の命は地球よりも重い」 なんて 聞こえのいいことを言うけど
自分がいなくなっても 世の中は何も変わりはしない
むしろ自分が存在することで みんなの余計な負担になるかもしれない
そんなことを思いながら じっと水面を見つめている
そんなとき
心の水面をそっと静かにたたずませてみてほしい
そうすると
かすかな かすかな声がそっと感じられるはず
それはまるで はかない一瞬の泡のようなささやきで
「わたしも 君がいなければ なにもできないんだ・・」
そう語りかけてきている
それは 全てのいのちを創り出した存在の言葉・・
きっと神さまは
静まり返った池のほとりで
ちいさな命が飛び込む音に耳を澄まし
ちいさな水紋の広がりを眺めながら
やさしく微笑んでくれているのでしょう
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| Cynchronicity |
No.86 - 2008/05/30 |
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金星の黄金ビーチとそっくりな砂浜が地球にもあるのかもしれませんが
偶然の一致のことをユング心理学で 「シンクロニシティ」 と呼びます
それは双方の波長が合うことによって起こるといわれ
人間なら家族や親友同士にシンクロが起きやすいそうです
波長はヘビのようなニョロニョロした形 (〜) をしていますが
ヘビに似た部首の 「辶 (しんにょう)」 の語源は 「しんゆう」 だそうです (嘘です)
先日シャープペンシルの芯がなくなってしまって困っていたところ
ちょうどそばを通りかかった親友フランチェンがポトンと床に何かを落とすと
なんとそれはシャープペンシルでした!
まさに捨てる芯(神)あれば拾う芯(神)ありで
「ちょっと貸してくれる?」 と尋ねたら
「いいよぉお〜〜!」と親指を立てて快くOKしてくれて
さっそく使わせてもらいました・・・が
書いた文字がなぜか赤色!?
それは赤い芯が入ったシャープペンシルだったのです!
「おぉ、親友だけに、赤い芯でつながった芯友!・・って、コラ!」
「え? ちがうの?」
フランチェンがパニックで思考停止になる前に僕はお願いしました
「芯、黒にしてぃ!」
「いいよぉお〜〜!」
・・・コホン!
※ちなみに、シャープペンシルとは和製英語で
正しい英語では 「メカニック・ペンシル」 と言います (豆知識だよ!)
さて、前置きのジョークはこのくらいにして本題に入りますが (←前置きが長っ!)
よく 「偶然の一致が起こり始めたら、物事がうまく進行していサイン」 とも言われます
もちろん、自分が関心を向けているものが引き寄せられてくることもありますので
「シンクロが起きた」 = 「運命的なつながり」 と思い込むのは早計ですが
いずれにしても心の波長を合わせたものに出会っていくことは確かでしょう
いま流行の 「引き寄せの法則」 にもつながりますが
僕にとってはそれは必ずしも 「欲しいものをゲットする」 ことを意味しません
たとえば自然が好きな人が海や山などへ引き寄せられて
海のさざなみを聞いたり、森林浴をしたりしても
それらを自分のものにしたいのではなくて
大自然のふところにただ包まれていたいだけです
相手が人間やモノであったとしても
ホントに自分にとっての宝物のように感じていたら
そばで眺めているだけでも満たされて
もちろんときどき触れてみることはあっても
ふだんはそっと見守っているのが 最も深い愛情の距離のような気もします
シンクロニシティとは まるでレンズの焦点が合うように
いろいろなものが 愛のフォーカスにぴったり合う距離に近づいてくれる
毎日の生活の流れの中での一期一会であるように思えるのです
【追記】
「全ての名前には独特の波動があり、同じ名前を持つ者どうしはカルマ的に関係をもつのです」
そうオムネクは本で述べていますが、それを実感させられるような出来事がありました
最近ある読者の方からお便りを頂いた時のこと
2日後にまた頂いた際は、文体や内容がかなり違っていたので不思議に思ったのですが
なんと同姓同名の別人であることが分かりました
さらにその少し前にもシンクロめいたことがありました
ある読者の方がお便りの中で
「私の娘が生きていたら、オムネクさんの本にすごく興味を持ったことでしょう」
とおっしゃっていたのですが
その2日後くらいに同じ姓の女性読者からお便りが届いたのです
どちらの場合も、よくある姓ではありませんでしたので、普通はありえない一致です
オムネクは自分の本が日本で出ることの意義の大きさを語っていましたが
それはカルマでつながった人たちへメッセージを伝えるという意味もあるのかもしれませんね
いまオムネクの本と出会ったシンクロニシティを感じているというお便りもよく頂きます
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| オリジナルのアイデア |
No.85 - 2008/05/22 |
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これはポンタの本の続編用の動物のラフスケッチの一つですが
イノシシの子供が 「うり坊」 って呼ばれるのは
背中のタテ線が 「まくわ瓜(うり)」 の縞模様に似ているからだそうですが
外見は文字通り親と瓜二つだから、ミニチュアのコピーみたいですね
コピーというと、オリジナルとは正反対の意味のようですが
「密度の濃い世界での創造性とは、より希薄な世界に既にあるものを感受する能力なのです」
オムネクはそう語っています。
物理的な世界のアイデアがアストラル界からもたらされたものなら
アストラル界のアイデアもそれより上層の世界からもたらされ
その究極の起源は神の世界にあるのでしょう
つまりオリジナリティというものは神のアイデアであると言えます
他人の作品をマネる人は独創的な才能に乏しいと言われたり
ひどい場合は盗作の罪に問われたりしますが
もし誰かの頭に浮かんだアイデアを別の人がキャッチして先にカタチにしたら
それは盗作どころか、オリジナル作品と呼ばれます
他人の土地に勝手に入れば不法侵入になりますが
他人の土地にある空気を外から吸っても罪にはなりません
地球社会においては、カタチのないものは、みんなの共有物のようです
じゃあ、カタチあるものはなぜ個人の所有物なのでしょう?
仲の良い家族や友達の間では、共有物というものもあります
きっと信頼関係があれば、個人が所有する必要もないのでしょう
そして全ての人間に信頼関係があれば、社会にお金も必要なくなるのでしょうね
個人の所有物が無いということは、個人の作品の所有権も無いということ
創造した物への責任は消えなくても、独占する権利は自然界にはもともと無いのでしょう
創造性とはインスピレーション それは天からの授かりもの
カタチのない無色透明なものが、個のフィルターを通して多様な色彩となって映る
フィルターはその媒介として光を変換させる働きをするもの
創造活動とはアイデアを表現する喜びを味わうこと
それが創造者の共働者としての生命本来の姿なのでしょう
・・・では再び最後に
究極の2択芸人、犬井ヒロシさんの自由のブルースをまねて歌います・・
「アイデアのブルース」
アイデアのブルース アイデアのブルース 聴いてくれ
友だちの前で言うたダジャレがめっちゃウケてもうて
「そんなオモロイことよう思いつくわあ。頭の回転が速いんやなあ」
ってホメてもろうた時の話やけど
「いいや、ダジャレの神さまからアイデアもろうとるねん」 って謙そんして見せて
「そやからオリジナルはオレじゃない」 ってダジャレでさらに笑いを取ろうとするのか
それとも
「いやあ、そうでもないけどなあ」 って照れながら猛スピードで頭を掻(か)いてみせて
「それは “頭の掻いてんの速い” やろ!」 ってツッコミを入れてもらおうとするのかは
自由だぁ〜〜〜ッ!!
アイデア is freedom♪ アイデア is freedom♪
でもぉ!
ホンマにダジャレの神さまがおるのに一人でいい気になっとって 二度とアイデアもらえんようになったら、マジでシャレにならへんで!
Thank you!
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| Harmony & Balance |
No.84 - 2008/05/14 |
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植物や動物などは人間のように自由意志の誤用によるカルマは作り出さないだろう
なんとなくそんな印象を以前から持っていましたが
先日、長期旅行に出る直前のオムネクとの事務連絡のついでに手短に尋ねたところ
「植物や動物は自らカルマは作りません。彼らが創造者から与えられた役割は
この世界にバランスとハーモニーをもたらすことです」 と説明してくれました
人間と同じような悪さをしてしまう動物のカルマまでは分かりませんが
アダムスキーは、地球の動物が攻撃的なのは人間の想念の影響によるものだと言っていました
人間が万物の霊長であるとしたら、動植物はその扶養家族のようなものでしょうから
親がモンスターになってしまったら、子供もその影響を受けてしまうことでしょう
オムネクも、人間はこの物理的世界で最高に進化した生命形態であると言っています
人間は創造者と同等の自由意志を与えられた存在であるようですが
同時に過ちを犯して最低のレベルにまで堕ちる自由も併せ持っているのでしょう
自然の慈愛に包まれて本能で生きる植物や動物たち
そしてまだ天国のゆりかごから出てきたばかりの人間の赤ん坊は
この地球社会で心に傷を負った人たちを癒してくれるだけでなく
自由であるがゆえに迷子になってしまった人間の心にバランスを回復させて
自然と調和して生きる道を無言で教えてくれているのかもしれません
金星の親たちですら、赤ん坊を観察して多くのことを学んでいるといいます
私たちのまわりには教師がたくさんいるのでしょうね
・・・では最後に
究極の2択芸人、犬井ヒロシさんの自由のブルースをまねて歌います・・
「人間のブルース」
人間のブルース 人間のブルース 聴いてくれ
「人間は万物の霊長で 人間は人間にしか生まれ変わらない」
って教えてもろうた時の話やけど
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