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エッセイ & ポエム 〜 ときどき感じたり、思ったりすることを綴っています
             

                    静かな微笑みが好きです

                  楽しく笑ったあとに ふっとひと息つくような

                  哀しい涙のあとに そっと顔をあげるような

                  怒りに乱れた心から 相手を赦し始める時のような

                  喜びに満ちた心から 溢れてこぼれ始める時のような

                    穏やかな微笑みが好きです
             
raison d'être No.175 - 2009/06/30


                うん、わかるよ

                がんばるとか 努力するとか

                目標を持つとか 何かを達成するとか

                そんなこと もうどうでもよくなるときってあるよね

                生きる意味も 楽しさも 感じられなくて

                もう終わりにしちゃいたいなって 思うこともあるさ


                「死んじゃダメだよ」 「生きてたらきっと良いことあるよ」って

                なんか根拠のないことを親身になって励ましてくれる人もいるし

                もっと大変な人が一所懸命に生きてるって教えてくれる人もいるけど

                べつにいいじゃん、自分の好きにしても・・そう思うこともあるよね

                命の大切さを知りながらも 自殺しちゃう人もいるじゃん

                生きる理由がホントに分かってる人なんているのかな

                生きなきゃいけない理由がある人は多いけどさ・・・責任ってやつ

                生き続けることでどんどん責任が増えたら面倒だよね

                なにかの使命感を持つほど燃えてもいないし・・・

                神さまとか 与えられた命とかって言う人もいるけど

                信じるのは自由だけど 押し付けられたくはないよね


                きみはいま死のうと思ってるの?

                そう・・・

                僕はなぜ生きてるのかって? 

                なぜって言われても困るけどさ

                死ぬ前にちょっとやり残してることがあるからさ

                ホントにちょっとだよ

                きみにはないのかい?

                たとえば 死ぬ前にショーウインドウのケーキを片っ端から食べるとか

                くだらなくて笑っちゃうだろうけどさ

                でも似たようなもんだよ 僕が生きてる理由らしきものなんて・・・


                ちょっと開き直ってさ、そのちっぽけなことをやり終えたら 

                また別のちっぽけなやりたいことが見つかってしまうのさ

                そんなちっぽけなことの連続で生きてるのさ

                人生終わる前に何かやり残してないかな?って自分に聞いて

                今日まで死なずに生きてるのさ

                きみにだってあるはずだよ

                どうせ死ぬならやっておきたいことが

                なにもないって?

                ほんとか?

                ほんとになにもないのか?

                きっとあるよ  

                一日くらいかけて思い出してみろよ




Silent Anger No.174 - 2009/06/21


                  君が 自分のすることや 言うことに

                  うっすらとした違和感を覚えるとき

                  それは魂がささやいているんだ

                  「おまえらしくないぞ」って・・・


                  ちいさな違和感を楽観主義で無視してしまうと

                  しだいにそれはだんだんと麻痺していき

                  やがて君は偽りの言動と一体化する


                  君が 過去にしたことや 言ったことを

                  とても汚いと感じてしまうなら

                  それは魂が違和感を感じてるんだ

                  「それは本当の自分じゃない」って・・・


                  おおきな違和感をポジティブ思考で誤魔化してしまうと

                  しだいにそれはだんだんと麻痺していき

                  やがて君は偽りの仮面と一体化する


                  でも いつまでも逃げていられない

                  いつでも 真実は偽りと分離したままだ


                  だから

                  たとえ苦しくても 違和感を感じつづけろ

                  大人になりきれないモラトリアムと言われても

                  不安定でいることから逃げようとせず

                  言葉にできない不満を忘れるな


                  社交的な笑顔が大人の美徳であると言われても

                  十代の緊張感から卒業しようとせず

                  思春期の静かな怒りを失うな


                  違和感を持たなくなってしまったとき

                  君は本当に汚れた存在になってしまう

                  痛みは自分を守ってくれるセンサー

                  それは君を導き成長させてくれる教師なんだ


                  君は いつまでも 君自身であれ





Let's go round No.173 - 2009/06/19


                      「執着と愛は違う」

                      「依存より自立が大事」

                     そう言われるけど

                     執着や依存にも理由があるはず


                     自分に必要だと思って外に求めて

                     自分に不足してると感じて外に頼る

                     完全な自給自足は一人じゃ無理なはず


                     でも出来るだけ自分の土地を耕そう

                     出来るだけ自分の心を培おう

                     そうするうちに執着は適度な距離に落ち着き

                     依存は必要最小限にとどまって

                     ほどよい協力関係になる


                     愛にはいろんな立ち位置がある

                     愛の深さは距離とは関係ない

                     そこにはスムーズな調和があるだけ

                     みんなで仲良く回っていこう

                     そう 世界はまわる遊園地さ




ダブルがいいね♪ No.172 - 2009/06/11


異なる人種の父母を持つ人たちがよく「自分はハーフではなくダブルだ」と言ったりします

半人前ではなく二人分であると自覚しているから周囲にもそう思ってほしいそうです

それとは対照的に自分を半分だと思って、もう半分を求める人たちも少なくありません

いわゆるニューエイジ系の人たちが唱えるツインソウルという考え方です

彼らによれば、もともと一つだった魂が男女の二つに割れて、再び一つになろうとするそうです

それを「ツインソウル(双子の魂)」と呼ぶそうです

ただ僕はそれにはどこか不自然さを感じてしまいます

自然界でも一卵性双生児は生まれますが、男女に別れるとは限らず、一つに戻ろうともしません

むしろ双子のそれぞれはやがて別の異性と引き合って親密な関係になるでしょう

もし魂が半人前で生まれたのなら、もう半分に出会って一つに戻るまで一人前にはなれなくなります

お互いに補い合って支え合う共存関係が自然界のバランスを保ってはいますが

元の一つに戻ろうとするほど求め合い依存し合うのは何だかアンバランスで不自然な感じがします

結びつきは強くても、もうちょっと調和のとれた落ち着いた関係が自然に感じるのです

僕の思うツインソウルとは、一つの魂が分裂したハーフ同士ではなく

二つの魂がダブルスを組んだ関係(ダブルソウル)のようなものです

おそらく究極のカップルがツインソウルなのでしょうが、究極とは何でしょうか?

きっとそれは単に相性がピッタリ合うということだけではなく

お互いに自然な状態でペアとなっているのがツインソウルだろうと思うのです

自然とは、最も自分らしくいることのような気がします

自分らしさとは、ハーフでしょうか? ダブルでしょうか?

僕は自分の中の男性性と女性性が調和した状態でさらに異性とペアでいるのがいいなって思います

自由な生き方を通してバランスを成し遂げ やがてお互いに本来の自分を自覚する

そのとき、もともと一緒だった魂の伴侶と再び結ばれるのでしょう

オトナが食べたらタイホだぞ♪ No.171 - 2009/06/02


最近おやつにタマゴボーロを食べていることで

「逮捕されるのではないか?」 と各方面からご心配の声が寄せられていますが

夜の運動の4〜5時間前に軽めの消化の良いものを選んだ結果なのです・・


でも 「お客さまは神さま」 っていうのとはちょっと違って

与え手が受け手を選ぶっていう発想も新鮮な感じがしました

僕の本もどんな人に読んでもらいたいかって考えたら・・・


う〜ん・・・思春期の感性を失ってない人かな?


不純なオトナが読んだらタイホだぞ♪



求めているもの No.170 - 2009/05/24


                    どんな人に会っても

                    その人の輝いているところが見える


                    どんなものに出会っても

                    そのものの素晴らしさが分かる


                    そんな人になりたいなって思う

                    そんな人にいてほしいなって思う


                    自分の暗さを見抜かれるより

                    偽りの虚飾でごまかしていたい


                    ものごとの醜さを見せられるより

                    刹那の快楽に酔いつづけていたい


                    誰だって痛みを感じたくないし

                    何だって心地よいほうがいい


                    でも本当の自分の良さに気づくことができたら

                    本当はずっと愛されていたことに気づけたたら


                    ニセモノにしがみついているよりも

                    幸せになることを選ぶに決まってるさ





Gratuitous Love No.169 - 2009/05/19


                          路上で遊ぶ子供たちのボールが

                         そばを通り過ぎる人の顔に当たるように

                         いくつもの硬い玉が僕にぶつけられてきたけど

                         傷ついたと言って泣かれてしまうんだ

                         僕のほうも痛かったのに・・・


                         路上に浮かぶ小っちゃなシャボン玉が

                         そこにたたずむ人の胸にはじけるように

                         いくつもの淡い玉が僕にふれて消えてきたけど

                         気づいたときに泣いてしまうんだ

                         僕はそばにいたかったのに・・・




Smell the truth No.168 - 2009/05/18


昨今の食品偽装表示などの問題があった後では

「書かれてあることが本当かどうか分からない」

そんなふうに思うようになった人も多いのではないでしょうか

でも一般の人が実態を調査することは難しいでしょう・・・


そんなときにもし身近な知り合いの中に

「私は匂いをかぐだけで偽装があるか分かります!」

なんて特別な能力を持つ誰かがいたら助かりますよね

ついでに、「あなたも同じように能力を開発できます」

なんて言われたら、能力開発セミナーに参加するかもしれません

おっと危ない・・・霊感商法だ! 

そう気づいた人は被害に遭わなくて済む場合もあるでしょう


僕はこれまで本を出すにあたって、できるだけ責任を持つために

精神世界等で言われている情報の信憑性を自分なりに調べてきました

そしてその多くが根拠の薄いものであることを知って驚いたことがあります

ただ、見えない世界のことに関して根拠を求めることは間違いかもしれません

送り手が 「直観で真実だと思った」 ものを伝え

受け手が 「直観で真実だと思った」 ものを信じる

そこに客観的な証拠はなくても双方に共通理解があるのかもしれません


実際に僕自身も直観で判断する場合もあります

瞬間的に直観する場合もあれば、熟慮の末に最後に直観で決める場合もあります

あくまでも僕個人の直観でホンモノとニセモノを見分けるポイントの一つは

これは後でその通りであったことが確認できたことも多いのですが

ニセモノの情報を伝える人は強引で断定調なところがよくあるということです

問いかける場合も 「○○でしょう?違いますか?」 と圧迫してきたりもします

つまり、相手が自分で判断する余地を与えないようにする傾向が見られるようです

それは意図的な場合もあれば、無意識の自信の無さの表れである場合もあるでしょうが

なかには自分は偉大な真理を悟っていると純粋に確信している場合もあるでしょう

これはどんな分野でも言えそうなことだと思いますが

本当に実力のある人は、もっと謙虚で相手への思いやりがあるのではないでしょうか


ですから、信憑性の薄い情報を伝えていると思われる人たちがいたとしても

有害な影響があると感じられる場合以外は静観しようと僕は心がけています

もちろんその有害さすらも必要な経験として求めている人もいるのかもしれませんが

そのあたりの線引きは幼稚な正義感の強い僕にはまだ難しいところです・・・

特に2012年アセンションを説く精神世界のリーダーたちの言葉を聞くたびにそれを痛感します


2012年にマヤ暦が終わるというのは一部の研究者たちの説であり

マヤの長老たちが認めているわけではないのです

ところが最近、マヤの最高神官の声明文の日本語訳がネット上に紹介されていて

そこには2012年12月21日という日付がカッコ付きで記されていました

実際に原文を見ると、氏はマヤ暦の13バクトゥンの区切りが現在であると述べているだけで

2012年という具体的な数字は何も言っていないのです


マヤ暦の終わりが今であると聞いて、それが2012年と直感するのは自由でしょう

しかし具体的な日付をあたかも事実であるかのように伝えるのは良くないと思うのです

それは第三者が直観以前に理性的に判断する機会さえも奪ってしまうことになるからです


直観はたしかに最も大切だと僕は思います

しかし特に “精神世界の住人” の方たちの中には理性を軽視する傾向も見られるように感じます

食品の賞味期限が偽装表示されているかどうかを離れた場所から超能力で見抜こうとする前に

ちょっと色の具合を見てみたり、軽く味見したりするだけで分かることもあるでしょう

直感力や信じる力を養うことは難しいとも言われますが

知る努力や疑う苦しさを避けるために安易に信じようとする心理もあるように感じます


自然から与えられた理性と直観をバランスよく使うことが望ましいと思うのですが・・・





Metamorphosis No.166 - 2009/05/12


新刊の出版予定は秋頃だそうです

通常は本の表紙などは出版社が作成するので著者は口出しできないのですが

オムネク・オネクの本の場合と同様に今回も僕からデザイン案を編集者に提出しました

ただ今度は最初は表紙は出版社にまかせるつもりだったのですが

原稿の最終校正を終えてひと休みしてから急に衝動が湧き起こってきました

アセンションの象徴としてよく引き合いに出される蝶の変容(メタモフォーゼ)を表紙にしたい

星々のまたたく宇宙に浮かぶ母なる地球から飛翔するブルーモルフォを・・・・と


採用されるといいな・・・  何だか自分以外の大きな力も働いている気もします

でも画像素材の使用料は自腹なのです(苦笑) 切った貼ったの合成作業も自前で・・


そこで一句・・・

              張り切って

               自腹を切って

               切り貼りす




Sacred Blood No.165 - 2009/05/12


本の仮タイトルは 『アセンションはなぜ起こるのか 〜 5次元世界へのアポカリプス(黙示録)』 ですが

自分なりのアセンションの原理を示した 『メタモフォーゼ(変容)へのフィロソフィー』 と

自身の体験も反映させたシミュレーション物語 『メタモフォーゼ(変容)』 に

プロローグ(『アセンションの可能性』)とエピローグ(『アセンション後の世界』) を添えました


さらに同時収録の2つの短編も実体験をベースにしたものですが

偶然にも3つの物語は “聖なる浄化の血” が共通テーマとなっています

書籍化するにあたって、もっと情景や心理の描写の肉付けをしてもよかったのですが

自分でも展開や結末が分からないままインスピレーションで一気に書き上げたものでしたので

余計な言葉はあまり加えないほうがいいように思いました

本にはフィロソフィーを示すシンプルな図形を載せているだけで

読者の方々が文面や行間から自由に想像できるように、イラストなどは入れていません

上のイラストは以前の電子書籍化の際に求められて描いたものです

とくに読者層を想定はしていませんでしたが、なんとなくですが

中学生くらいの子たちにも読まれるといいなって漠然と思っています


ただこの本の内容に関しては、自分のものであってそうでないような気もして

「自分の本」 とか 「自分が書いた」 と言うことに少し違和感を覚えてしまいます

かと言って、トランス状態になって自動書記で書いたとかいうものではなく

自然に湧いてくるような流れを綴っていったもの・・・とでも言いましょうか


むかしジョン・レノンがビートルズ時代も含めた全ての自作曲の解説している本で

彼が詞やメロディを創造した背景などを詳しく語っていて

中でも僕の一番のお気に入りの曲があって、子供の頃にそれを耳にしたとき

「あ、この人は別の惑星から来た人だ・・・」 と感じた作品の解説を見ると

そこには 「ボクの」 という一言だけ・・・

全作品中で最も短いコメントでしたので意外に感じたと同時に

「あ、やっぱり自分では解説できないんだ」 と思って妙に納得してしまいました


きっと本人にしてみれば、湧いてきたものをそのまま出しただけだったのでしょう

なんだか出さなきゃ気持ちが落ち着かないので、とにかくカタチにしたというような

まさに自分のものであってもそうでないような不思議な感じ・・・

自己主張っていうのと、ありのままを出しているっていうのは、ちょっと違う気がするんです

だから僕の本を手にとって下さる読者の方々には

あまり僕個人には目を向けて頂きたくないなあっていう思いもあります





Vampire No.164 - 2009/05/12


次回の本には 『ヴァンパイア伝説』 と 『赤い糸の物語』 を同時収録します

吸血鬼伝説には元となった話があるとも言われますが

オムネク・オネクによれば、吸血鬼は地球上に実際に存在したとか・・・

人間の血を吸い続けなければ生きられない種族がいたとしたら

たしかに恐ろしいことですが、とても悲しいことでもあるのかもしれません

たとえ相手が憎くなくても、誰かを傷つけたり、犠牲にしなければ生きていけない人は

他人のことなどどうでもよく、自分のことしか考えない身勝手な人なのでしょうが

そこまで相手を気遣う余裕がないのかもしれません

だからと言って、自分がそういう人たちの被害者になる可能性も考えれば

可哀想などと奇麗事のようなことは言っていられない場合がほとんどでしょう

よほど余裕があるか、受け止められるだけの強い何かを持っていない限りは

自分に害を与えようとする人を包み込んで癒してあげることなどできないでしょう

自分が貧血を起こしてまで相手の犠牲になることは無償の愛なのかもしれませんが

願わくば献血ができるほど健康で強い愛の持ち主でありたいものです






優しさと弱さと・・ No.163 - 2009/04/26


僕の未熟さの中で最も大きなものに

相手を思いやる優しさの足りなさがあります

親しい人たちの幸せを願ってはいても

自分の命より大切に思える人に対してすらも

「どうしてもっと相手の気持ちになってあげられなかったんだろう?」

そう後悔したり反省したりすることばかりです


僕は自分のことで精一杯なことが多くて

自分の目線だけで相手の気持ちを推し量ったり

ときには不満を持ったりもしてしまいます

だから誰かがその人自身のことだけしか考えていなくても

それを批判する資格は自分にはないと思います


相手の立場になってあげることって僕には難しいです

その人の体験したことを想像して理解しようとすることって

自分が同じような体験をしていないと分からない気がして

経験したことがないのに何となく分かる気がするときは

もしかしたら自分も過去世で似たような経験があるのかなって

ぼんやりと思ったりもします


逆に相手のことを気遣って空回りしてしまうこともよくあります

深刻な悩みを打ち明けられて、自分には何もしてあげられなくて

ずっと相手のことを考えて、自分にできることを思いついて

時間をかけてやっと小さなことをしてあげたら

「え?そんなに大げさにとらないでよ」って言われたりもします

これも僕の自分勝手な思いやりで、相手のことをもっと知ろうともせず

自分が愛情深い人間だと感じて良い気分になっていたんでしょう


思いやりと余計な干渉の区別はなかなか難しいとも言われます

無償の愛って、自分のことを考えずに自己犠牲を払うだけではなくて

きっと相手の気持ちをちゃんと分かっていて

本当に相手の幸せのために何かをしてあげることなんでしょうね


人は誰しも悩みを持って生きていて

自分のことだけで精一杯な人も多いでしょうから

誰かが僕の気持ちを分かってくれなくて悲しく思うことがあっても

同じように悩みながら自分のことだけ考えて生きてしまっている僕は

そんな相手のことがどこか愛しく感じられて許せてしまう

それがいま僕にできる思いやりなのかもしれません


もしかしたら、「自分のこと」とか「相手のこと」とか

分けて考えていること自体が不自然なのかもしれません

そんな区別を考えずに、子供のように自分勝手に生きてる人って

どこか天然で好感が持てますし

逆にあまり気遣いばかりされると落ち着かないものですよね

ときには思いやりも余計な干渉になるのかもしれません


優しさって もしかしたら許すことなのかな

自分の未熟さや 相手の未熟さを


愛するって 弱さを分かってあげることなのかな

完全無欠で平気な顔をしてる全能の神って、どこか愛しにくいし・・


無償の愛って なんとなく分かる気もするけれど

相手から何も見返りを求めなていなくても

できれば相手からも愛されたいなって思ってしまう


愛されているって感じることは とっても幸せだから

愛する人にも そう感じてほしいのかな


生きているって感じることよりも

生かされているって感じるほうがどこか安心するのは

誰もが本当は淋しがり屋だからかもしれません


寂しさから愛を求めてはいけないって言うけれど

本当の愛を感じられなければ 寂しいんじゃないかな


僕は生き物を愛して抱きしめたいって思うけれど

抱きしめられるなら、自然に抱かれていたい・・・

それはまだ、人が信用できないからでしょうか

それとも、人はまだ僕と同じ弱い生き物だからでしょうか



でも息を引き取るときは 誰かに抱かれていたいなって思います





バック・フロム・ザ・フューチャー No.162 - 2009/04/24


過去にとらわれて、未来を心配して、今この瞬間を生きていない

顔を後ろに向けて、両手で前方をさぐり、地に足がついていない ― それが幽霊

持ち越し苦労や、取り越し苦労をせず、目の前のことを精一杯やること

そうやって生きることが大切だとよく言われます


動物などは、明日のことを思い煩わず、一日一日を淡々と過ごしています

でも人間だけは、過ぎ去った日の思い出や、将来のことに想いを馳せたりします

過去はもう戻らず、今日の延長に明日があると頭では分かっていながら

なぜ今を生きることに集中できないのでしょう


灯台下暗しと言うように、自分のことは意外によく見えないもので

隣の芝は青く見えると言うように、他人のことのほうがよく見えたりもします

それならば、離れた場所から現在の自分を見れば良いのかもしれません


今朝の夢の中で、僕は少年時代の我が家に戻っていました

そこにはまだ若い父と母がいて、僕も幼いままでしたが、意識は今の大人でした

まだ娘の面影を残す母が父に不満をもっている気持ちがなぜか手にとるように分かりました


でもこれから訪れるいろいろな未来の出来事を教えてはいけない気がして

それでも母に何かを伝えたくなった僕は

「僕は未来から来たんだ。いつかまたこの言葉を思い出す時が来るよ」

そう言って、次の瞬間に目を覚ましました


未来から来た僕の目には、当時の日常がとても輝いてみえました

過ぎてしまった日々だから美しく感じられたのかもしれませんが

二度とは戻らない時間と、二度とは会えない当時の人たちがとても愛しく思えました


そしてもし今から10年後の未来の自分がタイムマシンで戻って来たとしたら

現在の僕の日常生活を同じようにとても愛しく感じるだろうなって思いました


視点を未来に置いて、今の自分の生活を見つめてみると

なんだか目の前の現実や周囲の人たちが、かけがえのないものに感じられてきます


「今」から離れて「今」を見つめる ― それが今をしっかり見つめて生きることになる

10年後の未来から目覚めたように毎朝を迎えれば

私たちは今日という日を生きる幸せを精一杯感じて過ごしていけるのかもしれない

そんなふうに思いました





日常のしあわせ No.158 - 2009/04/09


早いもので、オムネク・オネクの本を出版して一年が過ぎました

オムネクは自分のパソコンも電話も持たない(使わない)人なので

必要な時以外はたまにしか連絡は取れないのですが

彼女の話はいつもごくふつうの日常の出来事のことばかりです

そしてそのほとんどは家族や友人たちのこと・・

彼女のお子さんやお孫さんたちはみんな国内外の遠い場所にいるんですが

一年の多くを彼らのもとを訪ねて過ごしているようですので

ただでさえ時々行方不明になる人なのに緊急時の連絡の際は探すのが大変です(笑)


去年、ある日の真夜中に電話が鳴って、聞きなれない男性の英語の声でしたが

僕の名前を言うのでイタズラ電話にしては変だなと思っていたら

ドイツにいるオムネクの次男さんでした。やたらと明るく元気です(笑)

母親の本が日本で出たのが嬉しくてお礼を言いたかったそうです

彼は大学で日本のことを少し学んだようですが、日本語は話せないみたいなので

「こんど電話してくる時はニホンゴで話してくれよ」って言ったら焦ってました(笑)

なんとそばにオムネクもいるというので、代わってもらって事務連絡を済ませましたが

その時も相変わらず最近の身近な出来事を楽しそうに話してくれました


もし彼女がいわゆる意識体からのチャネリング・メッセージなどを語っていたら

僕は彼女の本を日本で紹介しようとは思わなかったでしょう

いつも日々の生活のことを楽しげに、ときには残念そうに話す彼女は

浮ついた世界ではなく、地に足をつけてしっかりと生きていますが

宇宙の法則について少し質問した際には、簡潔ながらも深みのある言葉が自然に返ってきます

そんなときはやはり普通の地球人とは違うことを実感させられてしまいますが

僕にとってオムネクは金星人であるかどうかの前に、とても心の優しい一人の女性です


世間の人に興味本位で彼女の私生活を知られたくなかったので本には書きませんでしたが

実は彼女の長男は彼女が十代の頃に継父に暴行を受けた際に宿った子供です

それでもオムネクはとても深い愛情を注いで長男を育て上げました

それは彼が赤ちゃんから大人になるまでの母親との多くの写真からも容易に感じ取られました


昨年は長女が離婚してしまったそうですが、オムネクは僕への手紙で

「娘が子供と二人っきりでバレンタインを過ごすのは可哀想だから会いに行ってあげるの」

そう言って、車で長時間をかけて長女のところまで行ったようです

詳細には言えませんが、彼女は本の印税も惜しみなく子供たちに分けているようで

僕はオムネクも貧しいことを知っていましたので、手紙でさりげなく

「小さな花壇が欲しいなあって前に言ってたでしょ? 印税で花壇が作れたらいいね」

そう書きましたが、まだ花壇については何も言ってきません・・


オムネクはとても芯が強くてブレない女性なのですが

ちょっぴりドジでひょうきんな可愛いところもあるせいか

なぜか守ってあげたいと思ってしまうけなげさを感じてしまいます

これは僕や周囲の人たちだけでなく、読者の皆さんもそう感じているのかもしれませんね


毎日の生活の中で、家族や友人とふれあいながら、あたりまえのようなことに幸せを感じる

そんな生き方を僕はオムネクに教えてもらっているような気がします





FACE UP No.157 - 2009/04/01


「宇宙人についての本を出している人」

そう聞かされると、たいていの人は 「え?」 って反応してしまうでしょう

そして悪気はなくとも思わず笑ってしまうことでしょう

だから僕は自分の出した本についてはつとめて黙っています

ましてや友人たちとやっているNPO活動の関係者には変なことは言えません


僕と数回の仕事の縁しかないKさんというご年配の紳士がいらっしゃるのですが

なぜか毎年上京するたびに僕のところを訪ねて下さるんです。

それでKさんには宇宙人の話を話してもいいかなって何となく思って、さらりと言ってみたら

意外と何の違和感もなく受け入れて下さって、喜んですらもらえました


先日、Kさんが急にふらりと職場にいらっしゃって僕の翻訳本をカバンから出して

「サインして下さいよ」 そう笑顔でおっしゃいます

そばにいた友人も笑いながら、「宇宙人とかってどう思いますか?」 って話したら

「ええ・・むかし埼玉でUFOを見たことがあるんですよ・・・おっきなものを」

「え?!」 思わず友人と声を合わせて聞き返します

「頭の上に光る大きな円盤みたいなのがあって、人がのぞいているのが見えたんですよ」

「えー!」 また二人で同時に驚きます

「でも、あれだけのものを周りで誰も目撃した人がいなかったんで、違うのかなあって・・」


「いや、それはUFOですよ」 そう僕が確信するのは理由がありました。

単純な理由としては、意外と人はふだん空を見ないで暮らしているから気づかないものであること

複雑な理由としては、相手が光を屈折させるような技術を持っていたら、特定の人だけに見せる操作も可能であろうことです

「UFOは霊的なものだから、見える人にしか見えない」 そう言う人もいますが、まずは現実的に考えてもいいでしょう


Kさんは人の関心をひくために嘘を言うような人ではなく

以前に僕の紹介で海外ボランティア活動をして帰国してきたとき

興味を持った地元の新聞記者が僕を通じてKさんに取材を申し込んできたのですが

Kさんは「目立ちたくないから」ときっぱり断ってしまったこともあるくらいです


Kさんは特に凄いものを見たという興奮もなく

「ああいうのを見たから、宇宙人っているのかもなあって思いましたよ」 と淡々とおっしゃいました

「そこまで接近したのはKさんと知り合いだからかもしれませんよ」

そう僕が言ったのはKさんのお人柄からもそう感じたからでした。

Kさんは子供のように素直で優しく謙虚な方で若々しくて

人の恩を決して忘れない律儀なところもある真面目な方です


「Kさんの前世は他の惑星の宇宙人だったかもしれませんよ?」

そう僕が言うとKさんは「あははー」と笑いました 

現役時代は海の男(船乗り)だけあって、おおらかな方でもあります

けっきょく大笑いでしめくくった会話でしたが

やっぱり宇宙人っていうと笑いの対象になってしまうみたいですね


hand No.154 - 2009/03/22


子供の頃から聞いていた話ではありますが

上のイラストのように互いの手の平を合わせるかたちは

他の進化した惑星に住む人たちの挨拶の仕草のひとつだとか・・

もちろん星によっていろんな習慣はあるでしょうけど


握手っていうと手をにぎりあうかたちになりますが

手の平をくっつけるだけって、手をつなぐみたいな感覚でしょうか

だとしたら仲良しになれてる感じがしますね


手の平ってどのくらい敏感なんでしょう?

指先はよくセンサーの働きをする神経が集まってるとも聞きますが

手の平全体から相手の何かを感じとれるのだとしたら

合わせる行為は同時に相手にも感じ取られているってことですよね


通信といえば電気を想像しますけど

電気って実は現代科学でもその正体は解明されていないようで

命の本質は電気ではないかとも言われているそうで

細胞間の情報伝達も全て電気であるそうですので

手の平の汗が電気信号を伝える水分の役割をしているのかもしれませんね


手の平をくっつけただけでコミュニケーションが取れるなら

送信も受信も同時に行われるから、返事を待つ必要もないし

変な誤解が生じることもないんでしょうね


手当てっていう言葉もあるように

手の平にはヒーリング効果もあるともよく言われていて

たしかに温かい手の平を当てられていると温熱効果で気持ちもいいですね

僕はときどき胃腸の具合が悪くなった母のお腹に手を当てたりしてましたけど

わりとすぐにお腹がグルグル〜って鳴り始めて調子が良くなるようです


それから何と言っても、手の平で握られたおにぎりは特別に美味しいですよね

まさに愛情おにぎりとはよく言ったものです

おにぎりのあるところには平和な雰囲気がありますよね


もし人と人が議論をするときに、お互いの手をとりあって話し合えば

たとえ意見の食い違いがあっても大きな問題にはならないような気がします

手をとりあうとか、手をつなぐって、形容詞みたいになっていますけど

実際に手を合わせることって大切なのかもしれませんね


face-to-face より hand-in-hand

あなたに誰かがいつも手を差し伸べてくれていて

あなたも誰かにいつも手を差し伸べてあげられたら

みんな仲良しになれるんでしょうね



少年少女たちへ No.151 - 2009/03/05


              すべての少年少女たちへ

              今だけでなく過去と未来にもいる若者たちへ

              それは少年の日の自分も含めて

              伝えたいことがあるんだ


              世の中に認められる人になること

              社会で成功する人になること

              多くの人から尊敬される人になること

              それらを目標にすることは素晴らしいことだ

              だけど 

              まず自分に認められる人になれ

              自分に忠実な人になれ

              自分を裏切らない人になれ

              でも 

              自分が満足すれば 世間に認められなくてもいいなんて

              最初から言い訳じみたことを言うな

              自己満足だけに終わるよりも 他人に分かってもらえたほうが幸せだ

              それでも

              他人に認められるために 自分に嘘をつくな

              大勢から支持されるために 自分を偽って生きるな

              でも

              本物の悪人になるのは少数だ

              多くの人は 中途半端な善人か ワルぶったチンピラになっていく

              だから 真実と偽りの境界線がぼやけて 感覚が麻痺していく

              熱いヤケドよりタチの悪い低温ヤケドみたいなものさ

              そうして

              君たちの多くは オトナになっていくんだ

              信じられないかもしれないけど

              オトナって生き物は

              他人から腐ったモノを投げつけられて肌が汚されるよりも

              自分の体が中から腐っていくほうがいいと思っているんだ

              なかば無意識に・・・可哀想な生き物だ・・・麻痺しちまってるんだ 

              自分を腐らせながら笑ってるから 狂ってるように見えるだろう

              だから

              君たちは ずっと正気でいつづけるんだ

              たとえゾンビの街に迷い込んだように感じても

              おかしな生き物たちに囲まれて絶望的な気持ちになっても

              世界中の全てを敵にまわしたように感じることがあっても

              さいごまで 自分でありつづけるんだ

              少なくとも

              俺はここにいてやる





星空への旅立ち No.149 - 2009/02/23


2009年2月25日午後11時11分(米国現地時間)

ハワード・メンジャーさんがご家族に見守られて新しい世界へ旅立たれました

彼を想う多くの皆さんの温かい心にも包まれていたことと思います。

旅立ちの時、美しいトロピカルなフロリダの澄んだ新月の夜空には星々が生き生きと輝いていたそうです

彼がこれからも宇宙での聖なる使命の遂行を続けていくことを、ご家族は分かっているそうです

この数年ハワードさんは病気で苦しんでこられましたが、今は新しい体でとても快適に感じていることでしょう


1週間前の17日の(87回目の)誕生日にお祝いメールを送りましたが

ちょうど直前に日本の22歳の女性読者から本の感想コメントを頂きました:

「ハワードさんのUFO写真はボヤケているから本物だと思う。金星人の(シルエットの)手がボヤケてるのも可愛い♪」

ハワードさんに 「日本の若い世代にもあなたの本は感銘を与えていますよ」 と伝えると

お嬢さんから 「パパはとっても喜んで、気持ちが元気になりました。ありがとう」 とお礼が届きました

ハワードさんへの最後のプレゼントが日本の読者の言葉となって僕も嬉しかったです


ハワードさんがコンタクトした宇宙の友人たちは 「2012年に再び戻ってくる」 と言ったそうなので

米国人男性としても長寿な彼はきっと2012年も生きているのだろうと僕は思っていましたが

宇宙人たちの約束した再会とは、個人的なものなのか、それとも地球人に対するものなのでしょうか

もし地球人全体への正式訪問なら、その宇宙人の中にはきっと幼いハワードさんも含まれているはず・・

だとしたら、もうすぐまた会えるんですね


魂は永遠・・・本当のお別れなんてないのだから・・・また逢う日まで

ハワードさん、お疲れさまでした。そして、ありがとう 

いつまでもあなたを忘れません

Love & Desire No.148 - 2009/02/21


愛と性欲 それはチョコとウイスキーみたいなもの

チョコだけなら 未成熟な子供や体の弱ったお年寄り向け

ウイスキーだけなら お酒に溺れてしまう心の弱い人向け

ウイスキー入りチョコだけが 成熟した健全なオトナ向け

いつだって主役はチョコだから ウイスキーは無くても大丈夫

しらふの純愛も素敵だし ほろ酔い加減の愛も幸せなもの







Sexy you No.147 - 2009/02/11


最近の男の子は草食系男子が増えてて

女の子は戦国武将ファンが増えてるとか・・

特に男性の軟弱化が問題視されてるみたいですけど

僕はこれって良い傾向なんじゃないかなって感じてもいます


ピンクの服や小物を堂々と見に着ける男子も増えてきてるし

言葉遣いが男っぽい女子も増えてきてるそうで

今度は女性が下品になってきたみたいにも言われてますけど

これも僕には良い兆候のように感じてしまうんです


よく、男性性と女性性のバランスをとることが大切って言われますけど

中性的になることと中性になることって違うように僕は思うんです

女性性とバランスの取れた男性はよりセクシーな男になって

男性性とバランスのとれた女性もよりセクシーな女になっていく


オトコオトコしてる 「男らしさ」 って、なんだか無味乾燥で

オンナオンナしてる 「女らしさ」 って、なんだか湿っぽい

そんな気しません?

マッチョってのは、オトコのコンプレックスの裏返し

女々しさってのは、オンナの煮え切らなさの象徴


カッコつけてるのとカッコいいのとは違うんだよ・・・たぶん

セクシーな男女は人類の進化した姿なんだよ・・・きっと

頭でっかちのグレイ宇宙人とか 去勢されたような未来人のイメージなんて 

ウソっぱちだと思うけど、どっちにしろ退化したみじめな姿にしか見えないよ

進化ってのは、カッコよくなることさ


だからもっと勇気をもって

自分の中の異性を目覚めさせてもいいんじゃないかな?


そんなことを思う僕も、なかなかカッコマンを卒業できません(笑)



AHO No.145 - 2009/02/06


ハワード・メンジャーさんの本を翻訳しているとき

「Mr.Aho」 っていう人物が出てきたので

海外にも 「アホの坂田」 みたいにアホを自称する人がいるんだなぁって一瞬思っちゃいましたが

正しくは 「エイホウ」 って読むんだろうってすぐに気づきました(笑)


自分のことを 「アホやね〜ん」 って言う人に僕は好感を覚えます

ほんまにしょうもないアホもいるわけですけど

僕も自分がしょうもないアホだとつくづく思うことがよくあります

もうちょっと婉曲的な言い方で 「シンプル」 と言う人もいます

単純って意味ですけど、良い意味でのシンプルもありますね

余計なものを排除して、ホントに大切なものだけを残すことで

余計な悩みや苦労が消えて、本質的なものに気づくことができるのでしょう


何かに行き詰ったときは、シンプルになるといいように感じます

仕事に行き詰ったら、自分は本当は何がしたいのかを問うてみる

恋愛に行き詰ったら、自分は本当は何を求めているのかを問うてみる

ただ、自分の求めていることが分かっても、問題がすぐに解決しないことが多いでしょう

好きなことをしてすぐにお金が得られるとは限らないし

好きな人がすぐに目の前に現れてくれるとも限らない

いわゆるジレンマですね


でもそのときが一番大事なときだと思うんです

理想と現実のはざまで宙ぶらりんになって不安定な気持ちになっても

その中途半端な状態で忍耐しながら、バランスをとり続けること

楽になるために、左右のどちらかに傾いて地面に片足をつけてしまわないこと

そのどっちつかずの苦しいままでもがんばって前進し続けていると

きちんと両足をついて歩ける道が開けてくるはずだと思うんです

僕は小さなことでしか実感していませんので大きなことは言えませんが・・・


でもバランスをとる努力を放棄して極端になってしまうとゲームオーバーです

たとえば、「人類を救済する」 とか 「ずっと一人で生きる」 とか

とても偉大で強いように見えますが、実際にそれができた人を見たことがありますか?

できそうなふり、できているふりをしていただけではないでしょうか?

それは嘘つきとか不誠実とかいう批判ではなくて

立場上、そのように言わなければ身が保てない人たちもいると思うんです

もし先生という立場であったら、「私もようしませんわ」 と正直には言えないでしょう


「未来のことを心配しないで、今この瞬間を生きる」 よくそう説かれますが

必要以上に未来を思い煩わないで、現在に集中するように努めている人はいても

実際に先のことをまったく不安に感じずに生きている人はいたでしょうか?

もしいたとしたら、その人自身はわりと気楽な立場にいませんでしたか?

介護の親や、手のかかる子供や、多くの従業員を抱えている人たちが

まったく未来のことを気にしていないと言えるでしょうか?


人は限りなく未熟であるから進歩をつづけるのであって

悟ったと語る人は歩みを止めてしまった人なのでしょう

または設計図を描いただけで建物が完成したと思い込んでいるだけでしょう

人はつねに本質を見つめながら、未来への方向を示す一番星を見失わないように

ときには勢いよく直進し、ときには不安定に揺れ動きながら

バランスを保ちつつ歩み続けるものではないでしょうか


迷ってもいい 悟らなくてもいい 悟ったつもりになってはいけない

複雑でもいい 単純でなくてもいい シンプル主義になってはいけない

人は迷いと悟りのバランスの中で生き続け

単純と複雑の繰り返しの中で成長をつづけていくものだから


大切なのは 本質から目をそらさないこと 譲れないものにこだわること

そして 今の自分に素直になること

行き詰ったら 苦しくなったら 逃げたくなったら 

肩の力を抜いて 「アホやね〜ん」 と言える自分になること

アホなんだから まちがってもいい 失敗してもいい 時間がかかってもいい

でも神さまは アホな子供でも 愛情をもって見守ってくれている

ただ目の前の一条の光をたよりに 一歩一歩、進みつづける

アホになれば 人生はもっと楽に勇気をもって生きられるはず

だから 歩きつづけるアホになれ


恋☆愛 No.144 - 2009/01/28


                 海のきらめきに心をときめかせる ・・・ それが恋


                 海の奥深さに魂が吸い込まれる ・・・ それが愛


                 胸がときめいて 瞳に吸い込まれる ・・・ それが恋愛





同類結集の法則 No.143 - 2009/01/25


類は類(とも)を呼ぶ・・・そう言われます

ポジティブなイメージがポジティブな現実を創造する・・・そうも言われます

マイナス思考の悲観的な者どうしがお互いの傷を舐め合ったり

自分を好きになれない者同士が他人の愚痴を言い合ったりする・・・それも同類結集の法則だと


僕は何年か前までは 「どこか悲しげで淋しそうな人」という印象を人に与えていました

そう・・自分の孤独感や悲しみに浸ってしまうことが多かったです

そんな時は 自分と似た心の闇を持つ人と惹かれ合い、互いに傷ついて別れて

その直後に驚くほどそっくりな別の人と出会ってまた悲しい別れを迎える・・・

当時の僕はそんなネガティブな心の世界をサイトで詩に綴ってもいて

あるとき 「自分に酔ってる人」 と某巨大掲示板にさらされてホームページを閉鎖しました


でも今ではそのことに感謝しています。孤独に酔う自分に歯止めをかけてくれた出来事として・・

それから僕は明るい未来を信じて希望を持つ自分へと生まれ変わろうとしました

そんなに大きな変化ではなく、一日を迎える朝の気分を少し変えるようなことから始めました

すると自分がかつて感じていたほど 世界は自分に意地悪ではないことに気づきました

かと言って、人を信じて心を開きすぎて、勝手に傷ついてしまうこともありました

マイナス思考に陥ることを避けることは、無防備なプラス思考に走ることではないことも学びました


バランスを取ることの大切さというものを、最近になってようやく実感するようになりました

僕は昔からどこか淋しげな人に惹かれるところがありました

見るからに不幸そうな人ではなく、どこか秘めた悲しさを感じさせる人を無意識に求めていました

でもそれはお互いのマイナスの心の世界を共有して慰め合うためではなく

心を通い合わせて互いを癒し合って いっしょにそこから卒業するため

互いに依存し合うのではなく、自分と似ていながら正反対でもある相手を愛しく感じるから

お互いのために自分も自身の孤独の殻を破ろうとすること


だから今は思うんです

ネガティブな人同士が同類結集で結びついてもいい・・・二人でそこから抜け出すためなら

本当に似たもの同士が出会うなら、互いのために生まれ変わろうと思えるものだと・・・

傷ついた人が心を開けるのは・・本当に開いても大丈夫な相手は・・同じ傷を負っている人、その傷跡がある人

そこに真実の愛が生まれ、相手を癒したいと願いながらも、自分に甘えや妥協を許さなくなる


逆に自分の孤独感や悲しみを奥底に隠しながら、表面をポジティブに装って生きることは

やがてバランスを崩して深刻な状態に陥ってしまうことになる・・・

ネガティブでないことがポジティブの条件ではありません

爽やかで自然に生きている、誰にでも好かれている気さくで楽観的な人が

実は思いやりや繊細な気遣いを放棄した生き方を選んでいることもあります

でもその相手も似たような者同士なら、互いに傷つくことはないでしょう


あなたは自分の愛する人に 弱さを見せることができますか?

自分の醜さを告白するとき 愛する人から嫌われると思いますか?

本当に心を開ける人は あなたと正反対のポジティブな人でしょうか?

その人のポジティブさは・・本物でしょうか?


いつかきっと・・という想いは 誰かにまかせてしまうこと

だからその 「いつか」 は永遠に来ない・・

誰かが殻にひび割れを作ってくれたなら 自分で殻を破らなければいけない


今ならまだ 間に合うかもしれない

明日はもう 遅すぎるかもしれない

命は永遠に続くから 焦ることはないけれど

人生は 思っているよりも あっと言う間に終わってしまうよ



Heart-to-Heart Communication No.142 - 2009/01/20


      
                       犬と会話するように

                       人間どうしも話せたらいいな

                       瞳と瞳のコンタクトで始まって

                       スマイルを浮かべて

                       ちょっと声をかけて軽く触れて

                       しっぽを振ってもらえたら

                       コミュニケーション成立だね




Around the Universe No.141 - 2009/01/17


運命に頼る人と 自分の努力のみに頼る人

他力本願と自力本願という違いでしょうか

自分で精一杯がんばって、結果は運命にゆだねる人もいます

自分だけでもがくこと 流れに身をまかせること

そのどっちかと言うよりも 

自力と他力が一つになれば 「流れに乗る」 ことができる気がします

絶対他力とも言うのでしょうか

太陽系の惑星群は、太陽のわずか1%にも満たない大きさだと言います

それでも太陽の周囲の軌道をブレずに回りながら自転もしていて

それは他力と自力が完全に一体化している姿のように見えます

いえ、もともとそんな区別はなくて

ひとつのリズムに乗って みんなで動いているんでしょうね

宇宙のリズムに乗れば 私たちはきっとスムーズに生きていけるはず

広大無辺な宇宙の力と一体化するって どんな気持ちでしょうね

それはもしかしたら 小さな日常の中でも実感できることなのかもしれません

宇宙の流れとひとつになれば あなたの夢はきっと叶うはず

無理をせず あきらめもせず 

さあ、宇宙のリズムに合わせて生きていきましょう




自己中 No.137 - 2008/12/19


               ジコチューな人はワガママ

               自分が中心だと思っていてエゴが強い

               他人への思いやりがない


               でもジコチューな人はガンバッてる

               自分をしっかりキープしなくちゃいけないから

               周囲の人たちをかまっている余裕なんてない


               命はドーナツのカタチをしている

               中心には穴があいているから

               本当の自己中は空っぽの部分

               それは宇宙の一部になっている


               ジコチューな人は自分をケーキだと思っている

               真ん中がいちばん美味しくて

               主役はイチゴだと思っている

               それはイチバンのエゴ


               ドーナツは丸い輪のカタチだから

               どこから食べても美味しくて

               どこから食べようか迷うこともない

               誰もが一番で 誰もが主役


               自分がドーナツになってるジコチューは

               周囲がどーなってもいいなんて思わずに

               宇宙の海に浮き輪みたいに浮かんでる



地球人である誇り No.136 - 2008/12/12



いろいろとくよくよ思い悩んだりするくせに

ときどきなんにも考えないでストンと行動したりする・・

私って変な性格だな・・なんて思う人もきっといるはず

でも、それってある意味では自然なことだと思うんです


アーチストの場合も同様に

とても深遠で叙情的な歌が特徴のミュージシャンなどは

スッとシンプルに突き抜けたような軽快な曲がライブで一番盛り上がったりもします


落差が大きいのは、バランスをとる時の反動が大きいからなのでしょう

運動をする時には、あまり反動を大きくすると関節や筋肉を傷めやすいように

心や感情の反動も、あまり極端だとよくないのかもしれません


反動の力を借りた腹筋運動は筋肉よりも腰に負担をかけてしまうように

感情的に伝えるよりも、穏やかに語るほうが心を傷つけずに奥まで届くことでしょう


反動をつけずにゆっくりと行う運動のほうがキツイように

感情的にならずに制御しながら生きるほうが心が鍛えられるように思います


でも、環境によるアドバンテージってあると思うんです

のどかな春や、風情のある秋に、じっくりと何かに取り組むのと違って

猛暑の夏や、極寒の冬に、平静を保って集中するのはなかなかできませんよね

もちろん、クーラーや暖房の効いた部屋に閉じこもっていれば別ですが・・


よく、地球人は愚かで低レベルだから、高次元の霊や宇宙人を見習うべきって言われますが

有害な放射線が降り注ぐこの環境で肉体をまとって生きてる地球人って大変ですよ

そりゃ性格も行動も極端で野蛮になるっちゅーの・・って感じです

オムネク・オネクによれば、地球がアンバランスなのは月が一つしかないからだそうで

それが人の心と体を常に不安定にしているそうです・・・とくに満月の夜などは


そう考えれば、「ここでバランスよく生きられたら、どこへ行っても通用する」

そんな自負を持って、誇り高き地球人として生きることもできるのではないでしょうか

「地球に生まれて良かったぁーーーッ!!」 と叫ぶべき・・・かもですね





channeling No.130 - 2008/11/22


先日、ある分野での有名人のお嬢さん(米国人)からお手紙とDVDをいただいて

「私の使命について○○氏の個人セッションで質問した際のビデオです。あなたはどう思いますか?」

とのことでしたが、○○氏とは宇宙人の言葉をチャネリングするという人で

おそらく世界で最も本が売れているチャネラーだといいます


不思議なことに、その少し前に別な方からもお便りを頂いていて

その人はその同じチャネラーと親しい方でした

僕自身もそのチャネラーの本に目を通したことはありますが

チャネリングについては基本的に僕はあまりコメントをしません

こういう言い方をするのは非常に僭越であるとは思いますが

本の内容を信じている人の夢をこわすようなことを言いたくはなく

ある段階においてはチャネリング情報に触れるのが必要な人もいると思うからです


今回いただいたDVDを見た感想としては

以前に別の代表的なチャネラーのビデオを見た時と似た印象でした

「あ、この人は自分の頭で考えてしゃべってるな・・」 

そう率直に感じました

( 僕自身のちょっとした経験からも思うことなのですが

実際に本当に他人の意識が自分に強い影響を与えている状況では

うまく表現できませんが、それ独特の雰囲気があるように思うのです)


ただチャネリングの言葉が活字になった本を読んだ人は、うっとりとして

「とても繊細で愛に溢れた波動を感じます・・」と感想を述べるかもしれません

それはあたかも洒落た高級グラスに注がれた普通のワインが美味しく感じるように

実際はワインよりも味わう人の想像力が素晴らしいのでしょう

これは皮肉ではなく、想像力は偉大な創造力であることを意味しています


質問をしてきた女性への僕からの答えとしては

「僕個人は基本的にチャネリングに特別な意見はありませんが・・」と前置きして

「宇宙人が何かを詳しく伝えたい時は、テレパシーだけでなく実際に会いにくるように思いますよ」

と答え、その理由として

今の地球人の発達レベルでは、正確にメッセージを受け取れない可能性が高いこと

だから実際に会って確認するはずであろうことを説明しました


「でも高次元の光の存在の宇宙人なら、物理的には会えないのでは?」

そう疑問に思う人もいると思います

そうかもしれませんし、その可能性を僕は否定はしません

ただ、チャネリングの世界では「低次元」と言われる、「体を持つ宇宙人」でも

地球人よりは遥かに精神的な進化を遂げた存在もいるはずです

もし地球人にコンタクトしてくるとしたら、どちらの宇宙人が多いでしょうか?

それは地球人のレベルに近い、少し上のお兄さん、お姉さんたちではないでしょうか?

たとえば幼稚園の子供を次の段階へと導くには

大学の教材よりも小学校の教科書が適しているように

同じ物理的世界の法則の支配する世界での先達からの助言のほうがより実際的でしょう

また真偽は別としても、オムネク・オネクの例のように、わざわざ物理的世界に体の波動を落とし

肉体として死ぬまでは二度と異次元に戻れないという厳格な宇宙の法則を覚悟の上で

自らのカルマの浄化も含めて地球人を援助しに来るという話には説得力を感じます

それとは対照的に、霊体やUFOを自在に物質化するという聖人や宇宙人の超人伝説などは

現実的な日常の努力よりも信仰と崇拝を生むだけの安易な空想世界のようにも思えます

本当に地球人の発達を願う偉大な師は、そのようなことを望むでしょうか?


でも、体を持つ宇宙人やリアリティのあるUFOの話ばかりでは現実的すぎて

たとえ夢が広がる宇宙の話とは言っても

彼らが案ずる地球の国際問題や陰謀論などは何だか息が詰まりそうで

スピリチュアルなチャネリングや霊界通信のほうがずっと広大で自由な感じがする

そう感じるのも無理はないと思います

都会の曇り空よりもプラネタリウムを見ているほうが癒されることもあるように

実際に空想の世界のほうが健康的な場合もあるでしょう


ただ、いつかは現実を直視しなければいけない

本当の異次元世界を知るためにも、ありのままの真実をしっかり見なくてはいけない

そういうときが来るはずです


チャネリングの世界にワクワクして想像力を養う準備期間を終えたとき

人は本物のリアリティに目覚め、現実を超えた世界を垣間見て

想像を遥かに凌ぐ超現実の華美を堪能できるようになる・・


そんなふうに僕は感じます

本当はこのようなことはあまり書きたくなかったのですが

最近、チャネリングに関するいくつかの偶然が重なったことから

何らかのことをここに書くべきなのかな・・と思った次第です



illumination No.129 - 2008/11/18



                  きらびやかな世界に興味がない人を

                  無理に誘っても 哀れんでもしょうがない


                  社会での地位や名誉を欲しがらない人に

                  無理に勧めても 愚かだと言っても意味はない


                  その人は それら全てを捨てて 

                  この世界にやって来たのかもしれないから・・



                  世を照らす光となる使命をもつ人を

                  無理に探しても 候補者を募っても見つからない


                  その人は この世界の誰よりも

                  低い位置で生きることを願っているだろうから・・



Street Angel No.128 - 2008/11/15

  
                         帰る場所もなくて

                         ふらふら街を舞う

                         ストリート・エンジェル


                         ジコチューなフリしてさ

                         ホントは誰かの嬉しそうな顔が見たくて

                         けっこうムリしてるじゃん


                         元カレは 愛してくれてたって

                         自分がワガママで迷惑かけてたって

                         ずっと淋しかったくせにさ

                         ラブラブな時にリスカなんてするかよ


                         好きだよなんてコトバ

                         安モノのアクセサリーみたいで

                          ふわふわ甘い風にくすぐられて

                         ころころ笑ってはしゃいでた


                         なにげにこっち見て

                         心をのぞこうとしてさ

                         求めている瞳 わかったよ

                         でも信じるのがこわくて

                         すぐにうつむいて 

                         また自分の気持ちから逃げていった


                         誰にも心を開かないくせに

                         社交的に振る舞ってさ

                         後ろ姿を見せてるときは

                         笑みが消えた顔してた


                         まるで迷い子の子猫みたいでさ

                         いつも俺の視界から消えないところで

                         こっちをうかがっている


                         抱き上げようとしたら

                         怖がって逃げていく

                         自分のために生きることは

                         傷つくことじゃないんだぜ

                         身をまかせる相手を間違えなければ


                         俺だって...ヤバイくらい 苦しいのにな


                         帰る場所を作らないか

                         ひとりぼっちの二人で









your friend No.123 - 2008/10/21


                どうして自分を助けてくれないのって

                天に向かって何度も呼びかけたのに

                なにも答えは返ってこなくて

                神さまなんていないんだって

                きみは悲しくなってしまったんだね


                雲の上には 神さまはいないんだ
 
                神さまは いつもきみの横にいて

                だいじょうぶだよって そっと手をにぎってくれている


                でもきみがそれに気がつかないときは

                そばにいる誰かや 何かが代わりになって

                さりげなくメッセージを運んでくれている


                神さまは上からものを言ったりしないで

                友だちみたいに 気さくに笑顔で話しかけてくる

                きみからずっと無視されていても

                しんぼう強く 絶えずささやきかけている


                 でも

                 神さまなんていないんだって きみが泣いてしまうときは

                 さびしそうにほほえんで ただじっと見守っている


                 神さまは きみより自分が偉いって思いたくないんだ

                 だから きみを哀れんだり 同情したりしないで

                 勇気づけて 励まそうとしている


                 きみと同じ目の高さで

                 ときには下からきみを見上げるように

                 おだやかに 話しかけてくれている


                 神さまは

                 きみと友だちになりたいんだ



cloud nine No.122 - 2008/10/18


                 『 もう人生おわりにしてもいいかな・・』

                 きみがそんなふうに思ったときは

                 自分にむかって

                 『 よくここまで生きてきたね 』

                 そうほめてあげよう

                 そして

                 自分のために泣いていいんだ


                 心配なことも 不安なことも

                 悲しいことも 辛いことも

                 みんな手放して

                 とっても軽くなってプカプカ浮いて

                 雲の上にねころんでみよう


                 しばらくしたら


                 『 また地上に戻ってみようかな・・』

                 そんな気持ちになるきみがいる

                 なつかしい顔がいくつもみえる

                 少し前にさよならを言いかけた

                 この世界へ





future No.121 - 2008/10/13



                         うつむいてないで

                         顔をあげてごらん

                         明るい未来が

                         まぶしいくらいに

                         笑顔できみを待っている


                         だから 


                         下をむいてないで

                         目をあげてごらんよ

                         あんなにみんなが

                         待ち遠しいくらいに

                         笑顔できみを迎えてる







ascension No.120 - 2008/10/10


先日の学園ドラマで自殺未遂の場面がありました

生徒 : 「 あたし、死んで星になるの 」

教師 : 「 人は死んでも星になんかならないよ 」


昔のマンガにも似たような場面がありました

おじさん : 「 わし、死んでおわびします 」

バカボンのパパ : 「 人は死んでもアワビにはなれないのだ 」


最近、アセンションについてある人が言っていました

「 この世があの世になるんだったら、誰でも死ねばアセンションできるじゃん 」

これって子供がプロ野球の試合で代打満塁ホームランを打ったみたいな意見だなあって思いました

次元上昇を待たなくても、死んじゃえば一足先にアセンション♪

でもアセンションって “ 進化 ” ですよね? 肉体を脱ぐだけでいいのでしょうか?

アタシ脱いだらスゴイのよって? いや、そういうことじゃなくて・・・


アセンションした惑星から来たというオムネク・オネクの話を聞いて

それが本当かどうかはともかく、とても興味深く感じた “ 宇宙の法則 ” がありました:


☆物理的世界からアストラル界へ生きたまま移行した人が物理的世界に戻るには
  アストラル界で死んでから物理的世界に生まれ変わるしかない

☆物理的世界で死んでアストラル界へ生まれ変わった人が物理的世界に戻るには
  ある方法で体の波動を肉体レベルに下げれば可能である。
  しかし再びアストラル界に戻るには物理的世界で死んでから生まれ変わるしかない


つまり、自分で波長を変えて創造した体は最期まで維持する責任があるそうです

そうすると、死んで波長の違う体になるのは自身の創造行為ではないことになります

それをアセンションと呼ぶかどうかは、その定義によるのでしょう


オムネクの話の中で僕が特に関心を持ったのは金星の首都レッツです

それはアストラル界と物理的世界を結ぶ中継都市だといいます

金星がアセンションした際、人々や都市の外観は物理的世界の複製としてアストラル界に現れたそうですが

レッツだけは最初にアストラル界に存在し、変容の時代に物理的世界にその複製が出現したといいます

そして今でも物理的世界の金星とアストラル界の金星に同時に存在しているとのこと


それについてオムネクは 「 レッツはとても独特な都市 」 とだけ述べていますが

それはまるで天から降臨した “ ひとり子 ” の姿のようにも見えます

もしかしたらレッツは次元上昇を誘導 ( サポート ) する役割を持っているのかもしれません


僕個人はアセンションした世界よりも “ 異次元間都市 ” レッツにより親しみを覚えます

精妙な気高い波長の世界で自由に創造的に生きることは確かに素晴らしいことでしょうし

多くのスピリチュアルな人たちと同様に自分も物理的世界の波長にはあまり馴染めませんが

苦難の物理的世界から逃げずに、それを克服していたいのです

比喩的に表現すれば・・・

下層世界と上層世界を隔てる頑丈な壁にパイプ穴をこじあけて我が身をねじ込み

全身に襲いかかる異次元間の凄まじい気圧差を気迫でこらえながら

物質のバイブレーションを根底から持ちあげるように超次元へ上昇させる

それはあくまでも一個人の変容のためであり、世の中への余計な干渉の意図はありません


この最低レベルの物理的世界でも それを超越した力と精妙な優美さを顕現する

それは僕にとって 「 魂を表現すること 」

その結果として気づいたらアセンションが起きている ― それはただの副産物です

物理的世界を超えたどの階層レベルの波長の体を身にまとっていても

創造とは魂が体の中で解き放たれて体を自在に用いて表現すること

あらゆる次元の宇宙は神の創造活動そのものであると思うのです


では次元上昇をもたらす創造行為とは実際にどうすることなのか

僕は何らかの誘導の波が来るような予感をなぜか子供の頃から覚えていました

やがて来る “ 誘い水 ” の波動に乗れるように あるいはその調整に耐えられるように

自らの波長を整え、魂のバイブレーションに調和して生きること


誘導の波動はそれぞれ準備のできた個人の深奥に訪れるのか

それとも地球全体が変容の時代を迎えているのか

あるいはそれらが同時に起こるのか

個人的な予感はありますが

確かなことは神のみぞ知ることでしょう


だから特に影響を受けやすい未成年の子たちには言っておきたいのです

2012年に人類は必ずアセンションするなどと断言する大人たちを信じてはいけないよと

まだ純粋な感性をもっている君たちならそのメッセージに違和感を覚えるはず

それよりも自分の魂の声を感じ取って それに忠実に生きてほしい

分かったようなことを言う大人たちは ほとんど何も分かっていないのだから・・・


オムネクの話が真実であるか作り話であるかは全く分からなくても

異次元の金星から来た女性という衝撃度よりも

そしてその話を信じるか否定するかという論争よりも

そこに示された法則を検証することに興味を覚えて、つぶやく人もいることでしょう


「 サッパリ分からない・・・でも実にオモシロイ 」





Norwegian wood No.119 - 2008/10/04


『 ノルウェーの森 』 と聞けば、村上春樹さんの小説を思い浮かべる人が多いでしょう

ビートルズの曲のタイトル 『 Norwegian wood 』 からとったものです

「 “ノルウェーの木材” が正しい訳 」 との説もありますが “wood” は単数でも森を意味します

歌詞では、女性が男性を自分の部屋に案内して言います

“ Isn't it good, Norwegian wood ? (素敵でしょ? ノルウェーの森よ) ”

作者のジョン・レノンによれば、この歌は彼の情事を婉曲的に描いたものだそうです

ビートルズの場合、複数の意味をからめた言葉を歌詞に入れることも少なくありません



この歌の副題は “ This bird has flown (この鳥は飛び立ってしまった)” です

一夜を共にした女性が朝には部屋から消えてしまっていたことを象徴しています

最後にひとりで男性はタバコに火をつけて 女性の言ったセリフをつぶやきます

Isn't it good, Norwegian wood ? (イカしてるじゃないか、ノルウェーの森)”

それは自分が迷い込んだ森での可愛い小鳥との秘め事を物語風に綴ったかのようです

鳥がいた場所は木材のある家よりも森のほうが似合っています

たとえ当時流行っていたノルウェー製の安い家具を女性が自慢していたとしても

それをノルウェーの森とダブらせる言葉遊びも面白いじゃないですか(Isn't it good? )


wood という単語だけにとらわれてしまうと

全体の情景を眺める作者の目線を見失ってしまうことでしょう

『 木を見て森を見ず ( can't see wood for the trees )』 と言われるように・・・

でも目の前の木を見ながら森全体を眺めることはなかなかできないはずです

ところが すぐにできるんですよ、これが

最近、僕が子供の頃に育った田舎町の木立を見ながら

次の瞬間には森全体を見ることができました

そう、google earth っていうインターネットの細密な航空写真です

まるで十数メートル上空にいるような至近距離で家や木立を見ながら

カーソルを上にずらすと、あっというまに森になって、

さらにちょっと目盛りをずらしただけで日本列島の画像になってしまうのです


「 ああ、これだ!」 そう僕は思いました

視点を一本の木から瞬時に森へ、さらには地球全体に移すように

一つの悩みや一人の嫌な人も 遠目で見れば全体のほんの一部にすぎないように感じられて

「 なんか、ちっぽけな悩みだな。健康で生きてるだけですごく幸せなんだから 」

「 まあいいや。同じ地球の住人だし。他に良いところもいっぱいあるんだから 」

そんなふうに心が広くなってリラックスして 不思議なくらい気にならなくなります

自分自身を寛容な人間に変えるのはすぐにはできなくても

一瞬で空高く舞い上がって大きな視野で見下ろせば気持ちも大らかになれます

名づけて “ ココロのグーグル・アース効果 ”  

お試しあれ


僕もそんな寛大なグーグル目線で見てもらえたらいいな・・


「 まあ、いいんじゃない? エメラルドの森 」




Natural No.118 - 2008/09/27


             「 自分なんて生きていてもしょうがない 」

             そんなふうに言う人たちって

             僕から見たらみんな魅力ある人たちばかりなのに

             本人はぜんぜん分かっていないようだった


             自分の良さって自分じゃ分かりにくいのかな?

             そういう僕も 自分の長所ってなかなか挙げられない

             欠点ばかりが 幾つも幾つもあるけれど

             少しずつ直していくように心がけて

             自分を嫌いにはならないように努めている

             でも好きになるのはまだとてもムリ・・

             だから人にもそんなアドバイスはできない


             その代わり 好きとか嫌いとか忘れるくらい

             なにかに夢中になったりしていると

             文字どおり 「 無心 」 になれる感じがして

             もっと楽に生きていけるような気もする

             それを 「 自然 」 って言うのなら

             動物や植物はまさにそうなのかもしれない


             人間は考えすぎるのかな・・

             「 エライね 」 ってホメてもらえたら

             素直にシッポを振って喜べばいいんだろうし
             
             「 カワイイね 」 って言ってもらえたら

             ぺロって舌を出して鼻を舐めればいい

              ・・のか?



Heaven on Earth No.116 - 2008/09/22


モノへの執着を無くし 欲望や煩悩を捨てて

俗世間からはなれてストイックな生活をする人たち

なぜ?ってたずねたら 悟りの境地に達するためだって

サトリって何? 神さまに近づくこと?

でも神さまのいる天国って ディズニーランドみたいに楽しいとこでしょ?

地味な格好で 坊主頭になって 質素な生活してる人なんていないはず

天国に行く準備って 楽しい生活の予行演習をすることなんじゃない?

お花畑を作って 素敵な眺めや芳香を楽しんだり

野菜畑を作って 美味しい家庭料理を楽しんだり

サークルを作って 音楽や演劇やダンスを楽しんだり

みんなで山や海にピクニックやキャンプに出かけたり

星空を眺めながらロマンティックは夜を過ごしたり

この美しい世界を心ゆくまで満喫できたら

きっと喜んで次の新しい世界へ身軽に飛び立つことができるはず

地上に作られた楽園は 天国にいちばん近い場所なのだから




丹波さんの思い出 No.114 - 2008/09/15




丹波哲郎さんが天国に旅立つ少し前に

「来世研究会」 という会に1年だけ入っていました

丹波さんの霊界話に特に興味があったわけではなく

偶然に若かりし頃の任侠映画の丹波さんを見てファンになったからです

殺気だった場面でも余裕のある丹波さんの雰囲気がとてもカッコ良かったんです

そこで一度はナマの丹波さんを見てみたいと思っていたのです


その機会は意外にもすぐにやってきて

めったにないという、ご自宅での集まりに参加できることになりました

その昔は美輪さんや江原さんもいらしていたそうです

屋上にヘリポートがあるという丹波邸はさすがに風格があり

広い応接間に入ると暖炉の上には亡き夫人の大きなお写真

「女房殿」 と呼んでいた丹波さんの愛情の深さを感じました

集まったのは古くからのファンの方々ばかりで、僕は遠慮がちに隅に座っていました


そしていよいよご本人が登場・・・ ( おおっ、本物の丹波さんだ! )

笑顔で気さくに話し始める丹波さん

「 皆さん、休憩時間はね、廊下のトイレだけじゃなく、寝室の中のトイレも使って下さいね」

( そ、そんなとこ入れないよぉ・・・でも、さすが大物は凄く寛大だ )

しばらくして、付き人が最近のテレビ番組( 臨死体験特集 )の録画ビデオをスタート

すると、ゲストの釈由美子さんが何やらコメントしている場面が映りました

「 ん、これは誰だ?」 丹波さんがドスのきいた声で聞くと

「 あ、最近のタレントさんです・・」 と言って、付き人はビデオを早送りしました

おそらく彼女が軽薄なコメントをしていると思ったのでしょう・・・すると

「 待て! こういう人の言うことが大切なんだ 」 と丹波さん

( さすが・・・大物はたとえ相手が素人でも謙虚に教えを請う姿勢を持っている )


そうは言っても、ずっと穏やかなご隠居のように振舞っていたわけではなく

自然児そのもののように野性味溢れる口調で話す場面もありました

「 俺は欠点だらけの人間だが、妬み、そねみ、恨み、つらみなどは一切もたないんだ 」

堂々と豪語する丹波さんからは、まさにそのとおりの人柄を感じました

「 明るく、素直に、あたたかく 」 

丹波さんの説く3つの大切なことは そのまま聞く者の心に染み込んできます

やっぱり人間の器がデカイ・・・ 実際に本人を目の前にしてあらためて感じました


それに比べて自分はチッチャイなあ・・・ そう心の中で恥じていたとき

「 あなた、学生さん? 」 となりに座った女性から声をかけられ

「 あ・・いえ、社会人です・・」 そう言うと、周りの四、五人が 「 えっ? 」 という表情でこちらを見ました

( そこまでチッチャかねえや、バーロー! )

でもアダムスキーやメンジャーが宇宙人に会った時に感じたように

飾らない自然のままの真に “偉大な” 人物の面前にいると

自分が未熟な子供のように感じるというのは本当のようです


ただ、なんだか丹波さんの姿を見るのがこれが最後になるような気もして

まるで実父を見送るときと似たようなちょっと淡く切ない気持ちになってもいました

直接ご本人とお話することはありませんでしたが

生前にお会いできてとても良かったと感謝しています


丹波哲郎さんは 大きな海のような人でした




※写真は僕の誕生日に会から届いたカード。応接間で木刀を振るう丹波さんの写真付き。直筆ではないですが嬉しかったです


Window No.113 - 2008/09/10


           窓辺に花をかざろう

           通りゆく人の目を楽しませるように


           窓辺に緑をあふれさせよう

           通りゆく人の心が癒されるように


           窓辺をそっとひらいておこう

           立ち止まる人と微笑みを交わせるように




River of Dream No.112 - 2008/08/31



                    夢と幻の違いって分かるかい?

                    実現できるのが夢で できないのが幻だって?

                    そうじゃないさ

                    叶えたいと思うのが夢で そう思わないのが幻なんだ


                    みんなが君の夢を幻想だって言っても

                    大切なのは 君がそれを叶えたいかどうかだよ

                    もし夢をあきらめなきゃいけないんだったら

                    生きている意味なんてどこにあるんだろう


                    夢の小舟にのって漕ぎ出そう

                    パラダイスを流れる永遠のストリーム

                    まだ君にも見えているのなら


Pinky Cat No.111 - 2008/08/31


        ふわふわ原宿の街をさまよう PINKY CAT

        原っぱで野宿できるとカン違いしたのかい?

        ふらふら迷い込んだ神宮の森の中

        原っぱで伸びをしておっきなあくびひとつ

        軽率な格好もネコだから許されるってかい?

        軽食堂のカップルにおねだりする  PINKY CAT

        ふんわりソフトクリームをペロペロなめる

        でもストロベリーとバニラのミックスソフトは

        なにげに自分の色ともミックスしちゃってるよ

        ふかふか毛並みがご自慢の PINKY CAT

        ハートマークをしっぽで描いて誘ってるのかい?

        ハードボイルドな紳士をナメちゃいけないよ

        でもソフトな甘え声に心がミックスして溶けだしちゃったら

        キャッと I scream のピンチだよ  PINKY CAT






   ※どうもマジメ人間と誤解されてるようなので、オモローポエム&画像でアホになりましてん。
     (8月31日・・寝起きじゃ)



Narcissus No.110 - 2008/08/28


                      きみはどの女の子よりも綺麗だった

                      他の男子もみんなそう感じていたけれど

                      誰も女子の前でそんなことは言えなかった


                      きみはとても才能にあふれた人だった

                      ふだんは上品でクールな感じでいたけれど

                      ふっと子供のように無垢な素顔を見せた


                      きみは彼と行動を共にすることが多かった

                      よくふざけて彼の首をしめたり髪をいじったりしてきた

                      まるで子犬が甘えてじゃれついてくるように


                      彼は他の男子に言われるまで気づかなかった

                      きみが彼にいだいていた想いを

                      でも彼はそれに気づかないふりをした・・・最後まで


                      彼は怖かったんだ・・・きみへの気持ちを考えることが

                      きみは自然にそっと彼から離れていったように見えた

                      静かな海の波がいつの間にかやさしく引いていくように


                      彼はどんな別れも後悔しないようにしている

                      お互いにとってそれで良かったんだって思うように・・・

                      でも きみにだけは罪の意識が消えないんだ


                      ひとつだけ 彼はきみに聞きたいことがあった

                      でも きみを苦しめたくなかったから

                      神さまに問いかけたけど・・・答えはもらえなかった


                      今でも彼は きみの切なげな瞳を覚えている

                      そして自分を偽善者のように感じているよ


                      いつの日か 誰かが彼に教えてくれるのだろうか

                      なぜきみが 女の子に生まれてこなかったのかを







your body No.108 - 2008/08/25


人間の遺伝的な能力、性格、容姿などは 「DNA」 という一語でよく言われます

もし魂が肉体に宿るとすれば、それは運転手と車にたとえられるかもしれません

そうすると車の種類や性能などがDNAと言えるのでしょう


自分が宿る肉体を魂が事前に選んでいるとしたら

赤ん坊となる先の両親 つまりはそのDNAを選ぶことになります

「自分は男らしさに欠けるから、今度は男っぽい人生を送ろう」

そう思えば、大型バイクやトラックのような乗り物を選択するでしょうし

「自分にふさわしい繊細で優美な女性の人生を送りたい」

そう思えば、なめらかな流線型の乗り物を選ぶことでしょう


ですから 運転手と乗り物の性質は真逆であったり 似通っていたりするわけですが

そう単純に2つに分けられるわけでもないのでしょう

たとえば前世で芸術の修練をした人が生まれ変わってくる際に親を選ぶ場合

自分と近いレベルの芸術的才能のDNAを選ぶと同時に

外見では美形とはいえない容姿をあえて選ぶかもしれませんし

親といっても母親と父親の双方のDNAの影響もありますし

DNAとは別に親との前世の縁でつながっている場合も多いでしょうから

魂とその乗り物 (器) の本質の差を見極めるのは簡単ではないでしょう


もちろん途中で器を改造することも可能でしょう

細身の人が体を鍛えてマッチョになったり

乏しい器量の人が節制とケアでキレイになることもできるでしょう

それは自分を向上させたいとか、外見だけでも変えたいという動機よりも

本来の自分にふさわしい器にしたいという魂の衝動かもしれません


それとは逆に 自分らしさ、つまりは魂をあまり意識することなく

操縦を自動運転に切り替えるように 気を抜いてダラダラと生きていたとしたら

両親から受け継いだDNAの性質がそのままに出るようになり

年齢を重ねていくにつれて衰えていくのを感じながら

それが自分自身なのだと意識するようになります

惰性で生きていたら 本来の自分を見失ってしまうのでしょう


そこで 「出会い」 というものが大切になってくると思います

ある芸術やスポーツとの出会い 職業や趣味との出会い

思想との出会い 自然との出会い 魂を揺さぶる人との出会い・・

それらの外部からの刺激が 肉体、心、そしてDNAという厚いベールを突き抜けて

魂が自らの本性を呼び覚ます 「誘い水 (ソウル・ナビゲーター)」 となることもあるでしょう

それは過去世の記憶を呼び覚まし 前世の自分を思い出すことを伴うかもしれません


ときには環境の変化や予期せぬ出来事が魂の目覚めを促すこともあるでしょう

それは外部からやってきたと言うよりも 自分が求めて引き寄せたものといえます

表面的な心が引き寄せるネガティブな出来事や出会いもありますが

心の奥で覚醒を始めた魂が引き寄せた現象もあるでしょう

いずれにしても 主人公は自分 責任は自分にあるのです


変化を恐れるよりも 変わる楽しさを期待すること

表面の安定を求めるよりも 奥深い安らぎを求めること

何もしないまま不幸になるよりも 何かをして失敗して次の一歩を見つける


現実から逃げて非現実の世界に生きるのではなく

非現実の世界を避けて現実の世界にとどまるのでもなく

現実逃避と現実主義のどちらをも選ばずに

真の現実を生きるために非現実の世界にも心を開くこと


魂が目覚めて自分らしい生き方をしていくにつれて

しだいに自分本来の輝きが瞳に甦り

それは魂の器である肉体にも浮き上がってあらわれてくるでしょう

そしてもはやDNAの束縛を超えて自分らしさを顕現したいと願うとき

さなぎから蝶へと脱皮するように

変容 (アセンション) の時が訪れるのかもしれません


僕自身は 逃げてばかりの繰り返しでした

非現実の世界にふれたら 今の自分ではなくなってしまいそうで

友だちからも 家族からも 社会からも 仲間はずれにされる気がして

自分の正体を知られずに ごくふつうの平凡な人生を送りたくて

でも それがうまく行きかけると 魂を揺るがす出会いが訪れて

再びアウトローの道を歩み出す・・・


やがて俗世間に染まっていって 人並みの平凡な暮らしをつかみかけると

また人生を一転させるような衝撃的な出来事が訪れて

自分の魂の命ずる道へと大きく方向転換させられる・・・

それでもまだ懲りずに 時間をかけて現実主義の人間に戻れそうになるとき

予期せぬ出会いによって 非現実の世界を探求せざるを得なくなり

見えないものを求める苦しさから現実に戻ろうとしても

周囲を八方塞がりにされて逃げ道を全て消されてしまい

もう覚悟を決めて本来の自分らしく生きるしか術がなくなる


そして ひと仕事を終えた今  僕はまたスキをみて戻ろうとしています

ごくあたりまえの 平凡な暮らしに憧れて・・

でも わかっています

また 次が来ることが ―



mirror No.107 - 2008/08/19


            「明鏡止水」 ―  澄んだ鏡面と穏やかな水面

            静かな海面に太陽がまぶしく映り

            澄んだレンズが鮮やかに写す


            水面と鏡は 心と考え方

            両方が曇りなく光を受け入れるとき

            相手の輝く姿をとらえることができるのでしょう


            そして内なる光が澄んだ心に映し出されるとき

            全ての答えは自分の中にあることを知るのでしょう




Virginity No.105 - 2008/08/13

                   僕の体に残るいくつもの傷跡を

                   名誉の勲章だなんて思わないよ

                   破れた皮膚も 砕けた骨も

                   仕方なく負ったもの・・・負の勲章さ


                   『人は多くの試練を乗り越えて強くなる』

                   『苦労の経験を重ねて人格が形成される』

                   そんな強さや人格を勲章だなんて思わないよ

                   人は試練を通して自分の弱さを学ぶんだ

                   苦労をするほど素の自分に戻っていくんだ

                   それを認める勇気のない人たちが身に付ける

                   薄汚れた 『根性』  意味ありげな 『悟り』 ・・・負の勲章さ


                   人は君のことを 『ちょっと真面目すぎる』 って言う

                   そして 『世の中のことを知らない』 とも言う

                   でも君は自分らしさを失う必要はないんだ

                   彼らの世界に身をまかせる必要もない

                   だからずっと守り通してほしい

                   your virginity

                   そのためなら

                   僕は喜んでこの身に負の勲章を刻むよ


ふれあい No.104 - 2008/08/10


生まれた時は4本足、成長すると2本足、

老いると3本足。この生き物は?

答えは 「人間」 ・・・って、ホント?

多くの人間は成長できずに3本足で一生を終えるように見える

自分の足だけで立つことができず、杖に頼って生きているように・・・

杖とは 世間の常識 思想や宗教 モノ・お金・人への依存 所属する集団・・

杖で人を指図し ときに打ち ときに刺し ときに引っ掛け ときに引き寄せる

杖は手足とは違い 相手を殴っても転ばせても自分は痛みを感じない

心ない言葉で人を傷つけるのも ナイフで人を傷つけるのも 

相手の痛みに鈍感だからできること

でも 大切な人を本気で叱るとき 愛する人を素手で叩くとき

相手と同じように ときにはそれ以上に 自分も痛みを感じてしまう


言葉や道具で人と接するのは最小限でいいと思うんだ

ただ素の心と 素手と素足で コミュニケーションをはかればいい

魔法の呪文も 魔法の杖もいらない

アホな奴を見かけたら ケツにケリを入れればいい

素晴らしい奴に出会ったら グッとハグすればいい

信頼できる奴と分かったら しっかり目を見て しっかり握手すればいい

言葉を使ってもいいけど 道具を使ってもいいけど 不器用なままでいい

優しい言葉を使ったほうがいいって?

でもそれはグローブをつけて顔面にパンチするようなもの

ゲンコツで殴られるより痛くはないけど 脳へのダメージは何倍も大きくなる

優しさも ときには残酷なんだ


飾らない 素のままの 自然な自分で接するのがいちばんいいのさ




mistake No.103 - 2008/08/08

画像は父が生前に作った校正用資料の目次の一部


「ミスは最初からあると思え」

よくそう言っていました

父は趣味を兼ねて校正の副業をしていましたが

当時の僕は 「校正なんて面倒くさいことをよくやるよなあ・・」 って思ってました

まさか後に自分が自分の本の校正をすることになるなど夢にも思っていませんでした


今朝の明け方の夢で父が出てきたので、僕は思わず話しかけ

「オヤジ、俺さ、本を出したんだよ。で、次の重版まで校正やってくれないかな?」

「ああ、いいよ」

「じゃあ、本を送ろうと思うんだけど、まだしばらくここにいる?」

「ああ、いるよ」

「わかった、じゃあね」

そう言って帰路につきながら

「たしかまだ手元に2冊残ってたはず・・どうやって送ろうかな・・」

なんて考えながら目を覚まして・・・

「あ、オヤジもういないんだっけ・・・本を見せてあげたかったな・・」

そう気づいて、あらためて残念に思いましたが

出版の前には父の言葉を念頭に置いて懸命に校正をしていた自分を思い出しました


「ミスはあるもの。そう思って文章を読まないといけない」

それは言い換えれば、どんな人間でも間違いをおかすということ

最初からそう思って接していれば、相手の言葉を鵜呑みにすることもないし

間違いに気づいても、がっかりしたり怒ったりしないで、淡々と受け止められる

父も知ってか知らずか、含蓄のある言葉を残してくれたものです


「オヤジ、やっぱり校正やってくれなくていいや。オレ自分でやるから」


Heart No.102 - 2008/08/05


「胸の鼓動に耳を澄ませていたい」

最近、そんなことを思います

残念ながら自分の胸には耳をつけられません

でも 「自分の」 と言っても

意識して心臓を動かしているわけではないので

ときどき自分の心臓の上に手をおいて

「ありがとう・・・生かしてくれていて」

そう心の中で感謝しています


「心臓」 って字にあるように

心って胸にあるって思うんですよ

ハートがときめくとドキドキするのは

ただ警報器みたいに鳴ってるからじゃなくて

ホントにそこに心が宿っているからだと・・・そう感じるんです



命はハートの最初の鼓動で生まれ、最後の鼓動で去っていきます

でも いつまでも誰かのハートに残っていられたら幸せですね



shadow No.101 - 2008/08/04


                    大切な人よ

                    あなたは影を見る人でいてほしい

                    まばゆい光の背後に尾を引く影の残像を・・・

                    文字の行間  会話の沈黙  一人の行動

                    多くの人が見過ごしている美しいものに

                    あなたは気づく人でいてほしい


                    『神は愛です。全てを愛しましょう』

                    そんな綺麗な言葉で 心を満たされているよりも

                    さりげない言葉で 誰かの心を癒す人でいてほしい

                    そんなあなたが いちばん神さまに近いから


                    『チャクラに光を取り入れましょう』

                    そんな気分の瞑想で 体を活性化させているよりも

                    体の不自由な人に そっと手を差し伸べる人でいてほしい

                    そんなあなたが いちばん輝いて見えるから


                    でも大切な人よ

                    猛暑の夏は 影を見ない人でいてほしい

                    まぶしい太陽の木陰から尾を引く影法師を

                    多くの人が見過ごしている見苦しいものに

                    あなたは気づかない人でいてほしい

                    素っ裸になって着替えている僕に・・・




White Angels No.100 - 2008/07/24


写真は淡くきらめく紺青のエーゲ海に泳ぐ白みがかった魚たち

オムネクとの出会いの架け橋になってくれたマーティン (Martin) がバカンス中に撮ったものです

彼はドイツ系スイス人で、ネッスル・スイス専属のプロカメラマンでした

本の巻頭カラーに使われている写真のうち2枚は彼による撮影です

マーティンはオムネクのセミナーに全て出席したという熱心な生徒でもあり

最初の写真(口元に指を当てているもの)はオムネクの一番のお気に入りとのこと

動いている姿を撮ったものですので多少のブレがありますが 

それもまた面白い効果を生み出しているようで

青みがかった淡い光の中で彼女のブロンド髪とセーターが白っぽく映えています・・


マーティンとオムネクのツーショット写真もあるのですが

彼がグラスをメガネのように目に当てたおふざけ写真なので掲載はできませんでした

「このすぐあとで彼女もふざけて僕の肩に頭を乗せたんだよ・・」

そう嬉しそうに言っていました


マーティンは独身貴族で恋人と欧州を巡りながら悠々自適生活のようですが

長年UFO研究をしていて、あちこちで情報収集やディスカッションをしているなかで

ときには危険そうな人物から誘い出されそうになったりもしていましたので

「出かける前には複数の人に自分の行き先を告げておいたほうがいいよ」

そう警告をしたこともありました

僕自身も怪しい誘いを受けた経験があるので彼の身が心配だったのです


彼の協力なしでは日本でオムネクの本を出すことはできなかったでしょう

特にオムネク本人ですら持っていない貴重な資料などを

「僕よりも君が持っているべきだ。それでみんながハッピーになるんだから」

そう言って スイスのホワイトチョコレートを添えて航空便で送ってくれました

こう言うと、彼は天使のような優しい心の持ち主のような印象を与えるかもしれませんが

相手がちょっと性格に問題のある場合にはブチ切れてしまったことも何度かあったようです

ただ彼の写真にはいつも自然や動物への優しいまなざしを感じます


オムネクについては彼は何度も強い口調で

「彼女は絶対に大丈夫だ! 彼女に会った時はいつもそう感じた」

と言っていました

僕自身は彼女が完全な人間だとは思っておらず

過ちをおかすこともあるだろうとすら感じていますが

語る内容が全て正確であるかどうかは別として

彼女は自分の中に 「ブレない」 ものを持っているようにはいつも感じます


マーティンの写したオムネクのちょっとブレてる2枚の写真は

彼女の自然体で無邪気な素の部分をうまくとらえている感じがします

きっと純真さが一番の強さなのでしょうね




 I LOVE YOU No.97 - 2008/07/17


コンニチハ! プレーリードッグのほっくんです♪


毎日のくらしの中で誰でも

ひとりぼっちは淋しい時もあれば

ひとりっきりになりたい時もあるものです

誰かがそばにいてほしい時もあれば

自由にのびのびしたい時もあるものです

誰もがひとりで生まれ、ひとりで死にますが

誰もがひとりで生きてはいけないものです


孤独と共存  孤立と共同

相反する二つの間を振り子のように行き来する生き方は

相手との関係に愛憎という矛盾を生み出す一因なのかもしれません


誰かから嫌われてしまうのは悲しいですけど

変な好かれ方をされてしまうのも困りますよね

嫌われている相手からは

「こっちへこないで!あっち行って!」

なんて言われて、ヘタに近づこうものなら、思いっきりひっぱたかれるかもしれません

でも変に好かれてる相手からは

「ずっとここにいて♪ どこへも行かないで・・」

なんて言われて、ヘタに離れようものなら、力ずくでひっぱられるかもしれません


「嫌いと感じる理由はたいてい感情的なもの」 「愛着は魂の自由を奪う」

オムネクさんはそう言って

お互いを魂の存在として自覚し、そうでないものを認識するための良い訓練として

「ものごとを嫌うように好きになろうとすること」

という不可解な?アドバイスをしています

それを実際のセリフに置き換えると

「近づき過ぎないで! 大好きよ♪ 自由にどこへでも行って! ずっと一緒よ♪」

と言いながら、つかず離れずの距離を保つことなのかもしれません


どんなものにも個性があり 他と全く同じものはありません

しかし宇宙の全てのものは原子や電子から成るように

どんなものにも共通点があり 他とまったく異質なものもありません

ですから 完全に同化したり反発したりする関係は存在しないのでしょう

むしろ正反対なもの同士が結合することで完全さを体現できるのかもしれません


自然な関係は体の関節に似ているようにも思います

ひじの関節も ひざの関節も 伸ばす筋肉と縮める筋肉がバランスを保っていますが

急に勢いよく伸ばしたり曲げたりすると関節を痛めてしまいます

伸ばし切らず曲げ切らず ゆっくりと屈伸させること

そうすると筋肉もスムーズに動き、効果的に発達していきます


腕を伸ばすときは 縮ませる力で少し抑えながら伸ばす

それは相手を嫌うときに 感情的に反発しすぎないようにすること

腕を曲げるときは 伸ばす力で少し抑えながら曲げる

それは相手を好きになるときに 愛着を感じすぎないようにすること

それが 「好むように嫌いになる」 & 「嫌うように好きになる」 訓練

痛まないように適度なクッションで心を柔らかくバウンドさせて

美しい軌道を描きながら愛を成長させていくことなのでしょう


           だから・・・


                      ちょっとそっけなく 

                    でもしっかりと見つめながら

                      ボクはあなたに


                      I LOVE YOU




taste by yourself No.96 - 2008/07/14



                     何を思っているかなんて 分からなくてもいい

                     何をしているのかだけ 見て分かればいい


                     誰かを信じて その言葉を信じてもいい

                     でも自分で確かめてみなきゃだめさ

                     どんなに素晴らしい人だって

                     間違った思い込みを持っているもの

                     誰もが失敗を繰り返して学んでいるんだ


                     慎重に考えることも 直感に頼ることもいい

                     でも自分から行動を起こさなきゃだめさ

                     どんなにバランスがとれていても

                     思っているだけなら絵に描いた餅

                     誰もが思い切って一歩を踏み出しているんだ


                     よく分からないから 見抜く直感力もないから

                     信じることができないって?

                     自信がないのは誰だって同じさ

                     それを素直に認める勇気が大切なんだ


                     「神は完璧である」 

                     立派な本にはそう書いてあるけれど

                     もし神が完全な存在なら

                     俺はそれを愛することなんかできない


                     自然ってものは

                     自分を犠牲にして命を生み出している

                     自らを不完全にしてまで捧げ切ろうとしている

                     俺はそう感じるんだ


                     完璧なものなんて何もない

                     だから全てのものは

                     助け合わなければ生きられない


                     誰かに完全さを求めて追いつめるよりも

                     あえて未熟さを認めてあげるほうがいい


                     相手に正しさを求めて裁こうとするよりも

                     あえて間違いを許してあげるほうがいい


                     自分が真実だと感じることを断言するよりも

                     相手が自分で判断する余地を与えたほうがいい


                     ひとりでは 完全にはなれないのだから

                     誰ひとりとして 欠けてしまうことなく

                     皆でつながっていかなきゃいけない


                     相手の魂を信じて

                     永遠の未来にある完全さを見つめて

                     ずっと生き続けていく

                     それが 永遠に愛するということ





What is simple? No.95 - 2008/07/12


                       やれ打つな

                       ハエが手をする

                       足をする

                               一茶



ちいさな生き物にやさしい小林一茶の句です

じゃあ ハエたたきやスプレーでハエを殺す人は残酷なのでしょうか?

そこまで考えてない・・というのが正直な気持ちのように思います

ハエは汚い・・食べ物にばい菌がつく・・つまりは害虫なので退治して当然

そういう考えがもともとあるのでしょう

「私はハエと仲良く共存してます」 という人のお家にはあまりお呼ばれしたくないですし・・

僕はハエをみつけたら窓を開けて外へ出すようにしていますが

一茶はハエの手足の動きまでよく見ていたようです

だから 「打つな」 と言った・・


観察すること それはとても大切なことのように僕は感じます

その逆はよく見ないこと それはときにはとても残酷なことになります

車を運転する人が前方に不注意であったら・・歩行者がいないと思い込んでいたら・・

運転手がどんなに心優しい人であっても 残虐な殺人鬼と同じ行為をしてしまいます

そこに悪意は全くなくても よく見ないことが悪意と同じ結果を生むのです


不注意であること 慎重ではないこと よく観察しないこと

気を抜いて生きることは ときとしてとても危険なことなのでしょう

よく 「複雑に考えないで単純になること」 が自然な生き方のヒントとも言われます

ただ精神世界の情報を受け取る心の純粋な方たちに注意して頂きたいのは

「シンプルさ」 と 「軽薄さ」、そして 「素直さ」 と「信じやすさ」 は

似たように思えても実際は正反対のものであるということです

本当のシンプルさとは、余計な思い込みを捨てて、対象をきちんと観察すること

本当の素直さとは、誰かの言葉ではなく、自分の魂の声に従うこと

つまり 心の目でしっかりと感じ取ることだと思うのです

そうすることで 自分も他人も傷つけずに済むでしょう


今、精神世界のリーダーの中にはおかしな方向へ人々を導いている人たちもいるようです

日本人は特に活字になったものを必要以上に信じやすいと言われますが

本を売るためには平気でウソを書く人たちが意外に多くいるのです

語られる言葉に惑わされずに かすかな違和感を無視しないようにしてほしいのです

そして精神世界の暴走車にひかれそうな人を見かけたら注意してあげてください



                        すずめの子

                        そこのけ そこのけ

                        お馬がとおる

                                  一茶


七夕夜 No.93 - 2008/07/08


                  音のない世界

                  温もりに包まれた蜃気楼にまどろみ

                  ほんのりとした陽射しに染められた頬に

                  そっと口づける



                  時のない世界

                  涼しさに満たされた異世界にやすらぎ

                  うっすらとした月明かりにきらめいた瞳に

                  そっとささやく


             
                  僕たちは 帰ってきたんだ

                  天の川のほとり 透き通った蒼い花の園に

                  地上の人は君が そして僕が とてもクールだと言う

                  愛情や 友情というものが 欠けているかのように



                  僕たちは 落としてきたんだ

                  この体のほてり すっきりと洗い流すように

                  地上の人は自分が そして相手が 熱っぽいことに気づいていない

                  愛着や 執着という名の 風邪をひいていることに



                  でも七夕の夜は

                  頬にふれた淡い冷たさで

                  二人は恋の風邪をひきました



from the sky No.92 - 2008/07/04


姉が昨年授かった初めての子供を見るたびに

「君は親を選んで産まれてきたのかい?」

そんなふうに聞きたくなります

よく産まれて来る前や胎内にいる時の記憶を持つ子供がいるそうです

空の上から (ときには天使さんと一緒に雲に乗って) お母さんを見ていたとか

お父さんとお母さんがまだ結婚する前の初デートの時から見守っていたとか

知るはずのない (話したこともない) 妊娠中の出来事を知っているとか

幼い子供の空想として片付けることはできないような不思議なことが沢山あるそうです


こういう話は輪廻転生などを信じない人には受け入れられないでしょう

UFO研究家のキャロル・ハニーは生まれ変わりは認めていましたが

心霊現象や幽体離脱は科学的に説明できると主張していました

彼は20歳頃に結婚して子供もいる人でしたが

あるときふとこうもらしたことがありました

「かつて娘が言っていたんだ。産まれてくる前に空の上から自宅を見ていたと・・・」

僕はすかさず 「それってよく子供の魂が空の上から親を見てるって話?」 って聞くと

・・・あっさり無視されました ( ンナロー! )

まぁ、前世の記憶と結びつければ 地球に飛来した円盤の窓から見ていたかもしれませんし

他の惑星にいながら google earth みたいなもので地球上空からの画像を見ていたのかもしれませんが

異次元世界を信じない彼からも同じような話が出てきたのは興味深いことでした


胎内の子供と母親はまるでテレパシーのように心が通うこともあるようで

妊娠中(またはそれ以前に)夢の中に見知らぬ子(未来のわが子)が現れたという体験談も珍しくありません

ちょっと話は変わりますが、このところ僕の明け方の夢にときどき見知らぬ人が出てきます

不思議なことに夢の中では以前から知っているようなとても親しい感覚なのです

断片的な言葉を残していくのですが・・顔はよく思い出せません

私たちはどこかにいる親しい人たちと睡眠中にコミュニケーションをとっているのかもしれませんね


さて、生まれてくる前の記憶を持つ子供は必ずしも両方の親を選んでくるわけではなく

母親だけ もしくは父親だけを選んでくる場合もあるそうで

初めての子の中には恋のキューピッドみたいに両親を引き合わせることもあるようです

事情はさまざまでも誰もがカルマによる必然の結びつきで家族となっていくのでしょう

でも 「生まれてくる子供の好みで結婚相手を勧められるのは何だか複雑な気持ち・・」

そう感じる人は未来の子供に向かって心の中でお願いしておくといいかも?しれません

「お〜い、ちゃんと私の好みも考えに入れておいてちょうだいね〜」

「いいよぉお!」 (←って誰やねん!)



※オムネクによるとアストラル界での懐妊には二つの方法があるそうです:

@物理的世界と同じ方法 

A特別な瞑想とマントラ(真言)によるもの
特別な部屋で行うそうですが、二人の部屋でもいいとのことです


rose coeur No.91 - 2008/06/30


                    淡く柔らかな華の香り

                    ちぎれた花弁の傷口をつつんで

                    でもずっと痛みを感じていたい

                    それは唯一のあなたの名残り

                    うっすらと滲んだ血は

                    あなたのもの? それともわたし?

                    甘い蜜の中の眠りに惹きこまれそう

                    散り落ちる花びらを受けとめてほしい

                    錯綜する想いは誰のもの?

                    いつまでも つながっていたい

                    ずっと はなさないで

                    からめあう指は ほのかな桃色に彩られ

                    遠のく意識のなかで

                    濡れた枕にそっとおかれていた

                    わたしは妖精の世界から地上におちてきた

                    ふたつに割れたハートのかけら



丘に立つもの No.90 - 2008/06/24


リアルタイムでは知らないのですが

派手なファッションといえばジミー・ヘンドリックスを連想します

以前にジミヘンのファンの方から

「派手な服でも ジミでヘンとはこれいかに?」 とかけられて

彼の代表曲 「パープル・ヘイズ」 にひっかけて

「地味な屁でも 紫のヘイズ(かすみ)と言うがごとし」 と返したことがありましたが

髪をパープルやグリーンに染める人が少ないのは派手すぎて目立ってしまうからでしょうか・・


「出る杭は打たれる」 のことわざをもじって 「出すぎた杭は打たれない」 ともよく言われますが

「出すぎる」 ことも 「入りすぎる」 ことも極端なように僕には思えるのです

現実には 出すぎた杭は地面の上でグラグラして安定せず、入りすぎた杭は土の中で腐ってしまいます

それはまるで打たれないようにおどけて見せたり隠れたりする人間の姿のようです

僕なら 「打たれてもビクともしない杭になれ」 と言いたいところです


UFOや宇宙人を例に挙げると・・

夢見るようなうつろな目で 「私は毎晩の夢の中でUFOを見るの」 と言う人がいたら

「ああ、そうですか・・」 と 世間の多くの人はあまり興味なさそうに聞き流すでしょう

逆に 満面の笑みを浮かべて 「私には宇宙人の声が聞こえるの」 と言う人がいたら

「ああ、そうですか・・」 と 世間の多くの人はあまり目を合わさないように聞き流すでしょう

自分の世界に入りきっている人や 別世界にトリップしてしまっている人は敬遠されて打たれにくいものです


ところが 

「私はUFOを写真に撮り、地球人と似た姿の高貴な宇宙人に会って円盤に同乗し、月面を見てきました」

そう言ったアダムスキーは世間の多くの人からペテン師と呼ばれ嘲笑され

「私はアストラル界の金星から体の波動を落とし物理的な体となり、宇宙船で地球に来ました」

そう告白したオムネクも世間の多くの人から好奇の目を向けられ失笑を買いました

二人がもし物質的なUFOや肉体を持つ宇宙人を低レベルな存在として軽視して

地球社会に紛れている異星人たちや月や金星についても語らず

ましてや物的証拠を示したり自分自身を生き証人として衆目にさらすことなどせず

現実世界とかけ離れた見えない世界からの愛と癒しのメッセージだけを伝えていれば

とらえどころがないがゆえに、おそらく世間から見下されることもなかったでしょうし

カタチのない異次元生命や奇怪なETについて語っていれば一笑に付されるだけで済んだでしょう


僕はここでアダムスキーやオムネクの主張が100%真実だと言っているのではありません

大切なことは二人が現実的な側面から逃げずに、真面目に検証すべき情報を提供したバランス感覚であり

綺麗な言葉だけのメッセージや加工画像で読者を欺く人たちと一線を画していることです

現在の太陽系の真実に触れず、太古の歴史や遥かなプレアデス、シリウスを語る人たちも同様です


現代のチャネリング情報の多くが昔の心霊コンタクティの話をベースにしていることはあまり知られていません

それらを信奉するスピリチュアルで愛深い善良な人たちは無意識のうちに

太陽系惑星の現実的な真相から大衆の目をそらすことに協力してしまっているのでしょう

UFOは宇宙空間のフリーエネルギー(電磁力)を利用した金属製の物体だと言うよりも

「UFOは自由に非物質化します」 「宇宙人は体を持たない意識の存在です」

と言って 神のお告げと同様の世界に入れてくれていたほうが

石油財閥や陰の支配者たちにどれだけ喜ばれることでしょう

実際には彼らがニセ情報の仕掛け人である場合もあるような気がします

慈愛の言葉や光のワークを盛り込めばニューエイジ系の人々はすんなり信じやすいですから・・


精神世界のみに生きることは 物質主義と同様にアンバランスなものです

肉体を脱却することで自由になれたり 意識が広がって能力が拡大することは

スポーツ選手が現役を引退して スタンドの解説席から試合を見るようなもので

初めて全体がよく見えてきて 選手にアドバイスもできるようになり

「あなたの後ろから敵の選手が近づいてきますよ」

「遠くであなたからのボールを待ってる味方選手がいますよ」

などと言えますが グラウンドで身をもってお手本を示すことはできません

同時に 生身の人間が感じる痛みに鈍感になっているのも特徴です


未来や過去を言い当てたり 人の心を読んだりする者たちの中には

何のためらいもなく相手の不幸の未来を語って反感を買ってしまっても

相手がなぜ怒るのか分からずにきょとんとする者もいますが

だんだん経験を積むにつれて 人の心を操るテクニックを身につけ

思うままに利用される信奉者たちが生まれるようになります

これがいわゆる霊媒や「体を持たない存在」 をむやみに崇める精神世界の危うさなのです


また 「私は存在するだけで世界に貢献している」 と言って瞑想するだけの 「悟り症候群」 の人たちもいます

健全な精神と体を数百年も保って活動している身近な宇宙の友人たちをなぜ見習わないのでしょう?

特別な知識や超能力などではなく 彼らのささいな日常の行いから多くのことが学べるのに・・


明らかに・・彼らの存在に気づいてほしくない人たちがいるのでしょう

それは地球人だけでなく、闇の宇宙勢力の意図でもあるようで

自分たちの身の保全のために 地球の一般大衆をコントロールして

「宇宙人は人間の姿をしていない」 そんなかく乱情報をも広めているのでしょう



アニメやCGの主人公が10メートルジャンプしても誰も驚きませんが

生身の人間がそんな離れ業を見せたなら世界中から注目されます

現実離れの “出すぎた” 杭や 現実逃避の “埋もれた杭” になるよりも

現実と超現実のはざまに “出る杭” となった勇気ある “超人” たちはごく少数です


「人間技を超えている!」 と観客のド肝を抜いたブルース・リーは

「東洋人が主役になれば批判を受けるから、目立たない脇役か道化役を演じるしかない」

そんな屈辱的な助言を受けながらも、地味な役柄や浮ついた演技で生き残ろうとはせず

ひとり夜中に目を覚まして泣いたこともあったといいますが

念願のハリウッド主演映画が全米公開される直前に急逝しました


以前に彼のお墓参りにシアトルのレイクビュー・セミトリーを訪れたとき

偶然にもジミー・ヘンドリックスのお墓もそこにあることを知りました

白人社会で “出る杭” となり、伝説となったこの二人の東洋人と黒人を

僕は心から称え、自分もそうありたいと願っています・・



              魂が

              燃える花火の

              鮮やかさ


              See you in Heaven, Bruce and Jimi !



Follow your heart No.89 - 2008/06/17


                          竹縁を

                          どんぐり走る

                          嵐かな
                
                                  子規



どんぐりはホントは走ってるんじゃなくて 強い風に転がされてるだけですが

競争心という嵐に煽られて走っている人間の姿はまさに 「どんぐりの背比べ」 のようです

「地球には競争という概念がはびこっていて 勝者と敗者を生み出している」

そう嘆いているのはオムネクだけではないはずです・・

同じことをそれとなく言っている人が身の回りにいたら

本人に意識はなくても どこかの星から来た魂の持ち主かもしれません


「競い合ってこそお互いに切磋琢磨できる」

そういう考えもあるでしょうが なんだかスケールが小さい感じがします

格闘家のミノワマンみたいに 頭上を飛ぶ旅客機と競争するのなら別ですが

同じ人間どうしで能力を比べ合い 競い合って神経を消耗させるより

お互いを助け合い 高め合うほうがどんなに楽しくてすがすがしいでしょう


恋人を選ぶときにも 比較や競争ばかりが目立つ感じがします

「外見は○○さん、性格は△△さんがいい」 とか

「自分に注目させて、イケてる恋人をゲットしよう」 とか・・

そして希望通りのモノが獲られない 「負け組」 は嫉妬とコンプレックスに苦しむ

なんだか疲れてしまいそうな世界です

競争して手にした栄光は つかの間だけ酔わせてくれるお酒のようなもの

それはただのまぼろしだから やがてまた虚しさに襲われることでしょう


自分を磨くっていうことは 誰かと比較することじゃなくて 

素直に自分らしくなること

本当に大切なものは 競争して手に入れるものじゃなくて 

これまでもずっと そしていつまでも永遠にすぐそばにあるもの

比較も 競争も 宝物を見失った人が幻影を追いかけ続けているようなもの

自分で自分を見失わないかぎり 大切なものが消えてしまうことはない

愛する存在は どこへも行ったりはしない


どんぐりは 立派な木に育つのが一番カッコいいはず

竹縁の上を急いで走るより 大地に抱かれてゆっくり芽を出せばいい

本当の力持ちは 縁の下にいるものだから



ホンヤクこぼれ話 No.88 - 2008/06/10

オムネク・オネクの本の 「訳者あとがき」 に

「好きなことに夢中になる子供のように翻訳を始めた」 と書きました

確かにとても充実していましたが 終わった途端に急に倒れてしまいました・・

経験のない強烈な頭痛、水も飲めないほどの喉の腫れ、止まらない咳、そして腹痛と嘔吐が一ヵ月以上も続き

まるで気を抜いた瞬間に 見えない敵に総攻撃を食らったかのようでした

しばらくして病院に行きましたが 弱みを見せたくなくてつい平気な顔をして

「あっちこっち痛いって何なんスかね〜」 って気楽にたずねたら

「いろんな菌に攻撃されてるんでしょうね〜。薬出しときま〜す」 とのこと (ちゃんと診ろよー)


さて、自叙伝や体験記などの翻訳をする際は

心を落ち着け 意識をいったん空白にして 

あたかも著者に心を重ねるようなつもりになります

ただ オムネクが故郷の惑星での思い出を語る場面は

自分の意識も似たようなバイブレーションでいたいように感じて

何気なく Love Psychedelico の音楽をBGMに選びました


最初にオムネクを知った数年前

連絡を取る手掛かりすらも全く見つからずに途方に暮れていたとき

美しい紺青の星雲に浮かぶ金星から宇宙船で地球にやってくる彼女の姿に重ねるように

“Fantastic World” という曲を聴きながら どこかにいる彼女に向かって

「僕の心の声を感じ取ってほしい」 そう就寝前に呼びかけていたものでした


その後に不思議な偶然が重なって彼女と接触できて翻訳が決まってからは

Psychedelico の kumi さんの声がどことなくオムネクに似ていたこともあったせいか


彼らの曲はどことなく異次元へいざなう雰囲気を持っているように感じられました


光彩に溢れた幻想的な風景に流れているような “All Over Love”

魂の分身のような自分の部屋に別れを告げる最後の日に重なるような “Neverland”・・・

ホントは弦楽器とコーラスだけで聴きたかったのですが 曲をエンドレスに流しながら

オムネクの身に起きたことを追体験しているような感覚になっていました


本が出版された時に いろいろな人から 「おめでとう」 と言われたのですが

「え? あ・・はい、ありがとう・・」 と ピントのずれた応答をしてしまっていました

そのときはもう、翻訳をしていた自分は過去の別人のように感じていたからです


今でもときどき就寝前に本のジャケットを眺めながら “Fantastic World” を聴いていると

ベッドに横たわって空想していた当時の自分にタイムスリップしたみたいに感じて

なんだか出版までの一連の作業は夢の中の出来事であったような気がして

いまふと目が覚めたら手元に日本語版が置かれていたような錯覚に包まれたりします


This is such a fantastic world ・・・


            ― with Love for Psychedelico


※画像はCD(This is LOVE PSYCHEDELICO~U.S.BEST)表紙より


ちいさな水紋 No.87 - 2008/06/04

                        古池や

                        かわず飛び込む

                        水の音

                               芭蕉



静寂な池のほとりでカエルがポチャンと飛び込む小さな音が聞こえそうですが

目を向けた先にはすでにカエルの姿はなく

ただ水面に淡く広がって消えていく波紋だけがあるのでしょう


ときに人は葉っぱの上から池を眺めるカエルのようでもあります

今の不安定な場所から未知の世界へ飛び込もうかどうか迷いながら

誰かが背中を押してくれたり 池の中から手招きするのを期待していても

いつまでも何も起こらず 何だか取り残されたような気持ちになって

自分は一人ぼっちで 世間から必要とされていない存在のように感じてしまう


自分が社会の中に飛び込んだところで 何ができるというのだろう?

「一人の命は地球よりも重い」 なんて 聞こえのいいことを言うけど

自分がいなくなっても 世の中は何も変わりはしない

むしろ自分が存在することで みんなの余計な負担になるかもしれない

そんなことを思いながら じっと水面を見つめている


そんなとき 

心の水面をそっと静かにたたずませてみてほしい

そうすると 

かすかな かすかな声がそっと感じられるはず

それはまるで はかない一瞬の泡のようなささやきで

「わたしも 君がいなければ なにもできないんだ・・」

そう語りかけてきている

それは 全てのいのちを創り出した存在の言葉・・


きっと神さまは

静まり返った池のほとりで

ちいさな命が飛び込む音に耳を澄まし

ちいさな水紋の広がりを眺めながら

やさしく微笑んでくれているのでしょう



Cynchronicity No.86 - 2008/05/30


偶然の一致のことをユング心理学で 「シンクロニシティ」 と呼びます

それは双方の波長が合うことによって起こるといわれ

人間なら家族や親友同士にシンクロが起きやすいそうです

波長はヘビのようなニョロニョロした形 (〜) をしていますが

ヘビに似た部首の 「辶 (しんにょう)」 の語源は 「しんゆう」 だそうです (嘘です)


先日シャープペンシルの芯がなくなってしまって困っていたところ

ちょうどそばを通りかかった親友フランチェンがポトンと床に何かを落とすと

なんとそれはシャープペンシルでした!

まさに捨てる芯(神)あれば拾う芯(神)ありで

「ちょっと貸してくれる?」 と尋ねたら

「いいよぉお〜〜!」と親指を立てて快くOKしてくれて

さっそく使わせてもらいました・・・が

書いた文字がなぜか赤色!?

それは赤い芯が入ったシャープペンシルだったのです!

「おぉ、親友だけに、赤い芯でつながった芯友!・・って、コラ!」

「え? ちがうの?」

フランチェンがパニックで思考停止になる前に僕はお願いしました

「芯、黒にしてぃ!」

「いいよぉお〜〜!」


・・・コホン!

※ちなみに、シャープペンシルとは和製英語で

 正しい英語では 「メカニック・ペンシル」 と言います (豆知識だよ!)


さて、前置きのジョークはこのくらいにして本題に入りますが (←前置きが長っ!)

よく 「偶然の一致が起こり始めたら、物事がうまく進行していサイン」 とも言われます

もちろん、自分が関心を向けているものが引き寄せられてくることもありますので

「シンクロが起きた」 = 「運命的なつながり」 と思い込むのは早計ですが

いずれにしても心の波長を合わせたものに出会っていくことは確かでしょう

いま流行の 「引き寄せの法則」 にもつながりますが

僕にとってはそれは必ずしも 「欲しいものをゲットする」 ことを意味しません

たとえば自然が好きな人が海や山などへ引き寄せられて

海のさざなみを聞いたり、森林浴をしたりしても

それらを自分のものにしたいのではなくて

大自然のふところにただ包まれていたいだけです


相手が人間やモノであったとしても

ホントに自分にとっての宝物のように感じていたら

そばで眺めているだけでも満たされて

もちろんときどき触れてみることはあっても

ふだんはそっと見守っているのが 最も深い愛情の距離のような気もします


シンクロニシティとは まるでレンズの焦点が合うように

いろいろなものが 愛のフォーカスにぴったり合う距離に近づいてくれる

毎日の生活の流れの中での一期一会であるように思えるのです



                    【追記】


「全ての名前には独特の波動があり、同じ名前を持つ者どうしはカルマ的に関係をもつのです」

そうオムネクは本で述べていますが、それを実感させられるような出来事がありました

最近ある読者の方からお便りを頂いた時のこと

2日後にまた頂いた際は、文体や内容がかなり違っていたので不思議に思ったのですが

なんと同姓同名の別人であることが分かりました

さらにその少し前にもシンクロめいたことがありました

ある読者の方がお便りの中で

「私の娘が生きていたら、オムネクさんの本にすごく興味を持ったことでしょう」

とおっしゃっていたのですが

その2日後くらいに同じ姓の女性読者からお便りが届いたのです

どちらの場合も、よくある姓ではありませんでしたので、普通はありえない一致です

オムネクは自分の本が日本で出ることの意義の大きさを語っていましたが

それはカルマでつながった人たちへメッセージを伝えるという意味もあるのかもしれませんね

いまオムネクの本と出会ったシンクロニシティを感じているというお便りもよく頂きます


オリジナルのアイデア No.85 - 2008/05/22


これはポンタの本の続編用の動物のラフスケッチの一つですが

イノシシの子供が 「うり坊」 って呼ばれるのは

背中のタテ線が 「まくわ瓜(うり)」 の縞模様に似ているからだそうですが

外見は文字通り親と瓜二つだから、ミニチュアのコピーみたいですね


コピーというと、オリジナルとは正反対の意味のようですが

「密度の濃い世界での創造性とは、より希薄な世界に既にあるものを感受する能力なのです」

オムネクはそう語っています。


物理的な世界のアイデアがアストラル界からもたらされたものなら

アストラル界のアイデアもそれより上層の世界からもたらされ

その究極の起源は神の世界にあるのでしょう

つまりオリジナリティというものは神のアイデアであると言えます


他人の作品をマネる人は独創的な才能に乏しいと言われたり

ひどい場合は盗作の罪に問われたりしますが

もし誰かの頭に浮かんだアイデアを別の人がキャッチして先にカタチにしたら

それは盗作どころか、オリジナル作品と呼ばれます


他人の土地に勝手に入れば不法侵入になりますが

他人の土地にある空気を外から吸っても罪にはなりません

地球社会においては、カタチのないものは、みんなの共有物のようです


じゃあ、カタチあるものはなぜ個人の所有物なのでしょう?

仲の良い家族や友達の間では、共有物というものもあります

きっと信頼関係があれば、個人が所有する必要もないのでしょう

そして全ての人間に信頼関係があれば、社会にお金も必要なくなるのでしょうね


個人の所有物が無いということは、個人の作品の所有権も無いということ

創造した物への責任は消えなくても、独占する権利は自然界にはもともと無いのでしょう

創造性とはインスピレーション それは天からの授かりもの

カタチのない無色透明なものが、個のフィルターを通して多様な色彩となって映る

フィルターはその媒介として光を変換させる働きをするもの

創造活動とはアイデアを表現する喜びを味わうこと

それが創造者の共働者としての生命本来の姿なのでしょう




・・・では再び最後に

究極の2択芸人、犬井ヒロシさんの自由のブルースをまねて歌います・・



            「アイデアのブルース」


アイデアのブルース  アイデアのブルース  聴いてくれ

友だちの前で言うたダジャレがめっちゃウケてもうて

「そんなオモロイことよう思いつくわあ。頭の回転が速いんやなあ」

ってホメてもろうた時の話やけど

「いいや、ダジャレの神さまからアイデアもろうとるねん」 って謙そんして見せて

「そやからオリジナルはオレじゃない」 ってダジャレでさらに笑いを取ろうとするのか


それとも


「いやあ、そうでもないけどなあ」 って照れながら猛スピードで頭を掻(か)いてみせて

「それは “頭の掻いてんの速い” やろ!」 ってツッコミを入れてもらおうとするのかは


                  自由だぁ〜〜〜ッ!!


          アイデア is freedom♪  アイデア is freedom♪


                    でもぉ!


        ホンマにダジャレの神さまがおるのに一人でいい気になっとって            
       二度とアイデアもらえんようになったら、マジでシャレにならへんで!
        
      

                    Thank you!


Harmony & Balance No.84 - 2008/05/14

植物や動物などは人間のように自由意志の誤用によるカルマは作り出さないだろう

なんとなくそんな印象を以前から持っていましたが

先日、長期旅行に出る直前のオムネクとの事務連絡のついでに手短に尋ねたところ

「植物や動物は自らカルマは作りません。彼らが創造者から与えられた役割は

この世界にバランスとハーモニーをもたらすことです」 と説明してくれました


人間と同じような悪さをしてしまう動物のカルマまでは分かりませんが

アダムスキーは、地球の動物が攻撃的なのは人間の想念の影響によるものだと言っていました

人間が万物の霊長であるとしたら、動植物はその扶養家族のようなものでしょうから

親がモンスターになってしまったら、子供もその影響を受けてしまうことでしょう


オムネクも、人間はこの物理的世界で最高に進化した生命形態であると言っています

人間は創造者と同等の自由意志を与えられた存在であるようですが

同時に過ちを犯して最低のレベルにまで堕ちる自由も併せ持っているのでしょう


自然の慈愛に包まれて本能で生きる植物や動物たち

そしてまだ天国のゆりかごから出てきたばかりの人間の赤ん坊は

この地球社会で心に傷を負った人たちを癒してくれるだけでなく

自由であるがゆえに迷子になってしまった人間の心にバランスを回復させて

自然と調和して生きる道を無言で教えてくれているのかもしれません

金星の親たちですら、赤ん坊を観察して多くのことを学んでいるといいます

私たちのまわりには教師がたくさんいるのでしょうね



・・・では最後に

究極の2択芸人、犬井ヒロシさんの自由のブルースをまねて歌います・・


            「人間のブルース」


人間のブルース  人間のブルース  聴いてくれ

「人間は万物の霊長で 人間は人間にしか生まれ変わらない」

って教えてもろうた時の話やけど

「そうか、そんなら他の生き物たちにもっと優しくしてやらなあかんし
生まれ変わってもまた仲良く共存できたらええなあ」

と思って良いお手本になろうと努力するのか

それとも

「おお、また人間に生まれ変われるんやったら怖いものなしちゃうん?
 そんならずっと他の生き物たちを支配してコキ使うてやったらええやん!」

と思って反面教師みたいになってしまうのかは


               自由だぁ〜〜〜ッ!!


        人間 is freedom♪  人間 is freedom♪


                 でもぉ!


     また人間に生まれ変われても、そこが猿の惑星やったら
     奴隷にされてしまうから、カルマはシャレにならへんで!



               Thank you!



マリオネット No.80 - 2008/04/24

                     手足や背中に付いていた

                     たくさんの長い糸は

                     知らないうちに誰かに結ばれていて

                     知らないうちに自分でも結んでいた

                     見えない誰かに

                     見えない何かに

                     操られる人形のように


                     でも


                     今日ぼくは

                     ぜんぶの糸を切ったんだ

                     自由に生きるために

                     自分から動くために


                     でも


                     胸から伸びている

                     赤い糸だけが切れないんだ

                     見えない誰かに

                     生まれる前から結ばれている
  
                     見えない何かに

                     操られる人形のように





透き通った世界へ No.79 - 2008/04/22


今日は好物のフルーツゼリーをいただきました☆

甘さ控えめの天然色素&寒天入りのものが好みですが

高級なものは逆に甘すぎたりすることもあるので

ふつうに売っている中で少し値段のいいものがちょうど良かったりもします

ちなみに砂糖をまぶしてあるのは僕の中では反則なのです★

甘さと舌触りの問題だけでなく、せっかくの透明感を損ねてしまうからです

でも やっぱり手作りのものが一番美味しいのでしょうね


ゼリーに限らず、透き通った淡く明るい色彩のものに僕はとても惹かれます

ういろうや葛饅頭などの和菓子 おしゃれな色合いのソーダやカクテル

五月雨のしずくに濡れた淡いグラデーションの花びら

南国の白浜に打ち寄せるエメラルドグリーンの海の波

ガラス細工の工芸品、サファイアやルビーの宝石

そして晴れた日の道端にある空き瓶にすら目がいってしまうこともあります


そう 半透明なものは光の射す明るい場所でより美しく見えます

透明でなければ光線のスペクトルはそのまま反射してはっきりとした色となり

逆に透明すぎると光線が通過するか強く反射してしまいます

けれど半透明なものに射した光はその中でいくつもに屈折して交じり合い

あたかも内部から鮮やかなパステル色の彩光を発しているように見えるのです

それは光が作り出す魅惑のマジックなのでしょう

そして人工的な照明よりも自然の陽光のほうがさらに溢れるきらめきを演出します


アセンション(次元上昇)については

銀河の中心からの光が全ての原子の中に流れ込んで輝きだすとか

肉体と霊体の中間のような半霊半物質の体になるとか

その真偽についての確かな根拠は見つけられてはいませんが

遥かに粒子の波動が細やかな世界になるように言われています

それは光によって引き起こされる物理的な変化なのでしょうか

アセンションの光は物質の根源的なもの 生命の源であるとも言われています



繊細で穏やかな光は 静かな優しさにも似ています

直射日光のように大地を焦がすこともなく

燃える夕日のように空を染めることもなく

ぽかぽか陽気のように人を眠らせることもなく

まばゆい初夏の日差しのように気持ちを爽やかにしてくれる

そんな透き通った輝きに心惹かれて

柔らかな光彩の海に溶けていきたい思いにかられてゆきます


心とモノの境界が薄まって半透明になった世界では

誰もが自在にモノをコントロールして創造活動を楽しみ

誰もが互いに心を通わせてコミュニケーションをすることでしょう


そういう世界を望んでいる人と 望んでいない人のために

未来の道は二つに分かれているのかもしれません




Carol A.Honey on the game No.77 - 2008/04/19


オムネク・オネクとハワード・メンジャーの本の翻訳にあたり

両者に共通するジョージ・アダムスキー そして

他の惑星から来た宇宙の友人たちに関する貴重な情報を提供してくれ

さらにはイエス・キリストの実在の可能性に関する洞察を与えてくれた

キャロル・A・ハニーが2007年8月に逝去していたことを本日知りました


もし2005年に彼と知り合って多くの文通を交わすことがなかったら

僕がオムネクとハワードの本を日本に紹介することはなかったでしょう

ハニーはぶっきらぼうで愛想のない返事をしてくる苦手なタイプでしたが

決して嘘をつかず、感情に流されずに冷静に物事を考える人で

彼の作成した資料の情報はいつも正確な英文で書かれていましたが

あるとき珍しく小さなミスを見つけて僕が指摘したら

「ありがとう!これまで大勢の人に見てもらったが、指摘してくれたのは君が初めてだ。本当にありがとう」

そう言ってすごく感謝してくれたので、彼らしいなと思いつつも

「こっちが時間をかけた書いた意見は軽く受け流して、こんなことで感謝するんだもんなあ・・」

なんて心の中で不満をこぼしていました(笑)


「2012年には興味ないね。自分はそれまで生きてないだろうから」

そう言う彼は80歳近かったとは言え、とてもタフな印象があって

すでに亡くなっている昔の友人たちの話をするときも感傷的にはならず

「現時点のゲームでは彼らはプレイしてないけどな」

などと人生をゲームにたとえるハードボイルドな男でした


まだ気丈にカリフォルニアで一人暮らしをしていましたが

「子供たちがアイダホで一緒に暮らそうって言うから、いちおうダンボールに本とかを入れたんだ」

そう言っていたのを覚えています

彼と一通りのことを話し合って文通を終えたのが2006年の3月頃

まさかその1年半後に旅立ってしまうなんて思ってもみませんでした


そういえば、余計なことはめったに言わない彼でしたが、あるとき

「最後に興味本位で聞くだけだけど、君はアダムスキーについての本でも書くつもりかい?」

そう尋ねてきたことがありました

たしかに僕のようにあらゆることを根掘り葉掘り質問してくる人は

過去にはジャーナリストや記者しかいなかったのでしょう

「いえ、僕は真実が知りたいだけなんです」

そう正直に答えて彼との文通を終えましたが

その数ヵ月後にメンジャーの本を訳すことになるとは夢にも思いませんでした


それから1年後に本は出版されましたが

メンジャーの本にはハニーのことは少ししか書いていなかったので

次回のオムネクの本の解説に詳しく書こうと考えていて

本が出版されたらハニーにも報告しようかなと思っていました

本国アメリカで日の目を見ずに「反逆者」扱いされてきた彼に

「あなたの業績を日本で多くの人にアピールしましたよ!」

そう伝えようかと思っていましたが

「またニヒルな返事をされたらちょっとシャクだなあ」

なんて迷っている自分もいました


彼との文通を終えてちょうど2年になる今年の3月にオムネクの本が出版され

ハニーに知らせたいなあと再び思った日の夜に彼が夢に出てきて

案の定またクールなセリフを吐いてきたので

「やっぱ、やめとこ」と思ってしまいました

・・・でも、もう彼はこの世界にいなかったんですね

他の惑星からテレパシーでも送ってきたのかな?


でもいったいどういうことなんだろう

最初の本が出た7月末の直後の8月にハニーは知らぬ間に旅立ってしまい

次の本が出た3月末の直後の4月に彼の旅立ちを自分は知らされる

ひょっとして彼はこの世界を出た後もまだゲームをプレイ中なのだろうか?

まるでこちらの様子を見て楽しんでいるように・・・just like a game to play

でも もしもっと早く彼の死を知っていたら

湿っぽいことを本に書いていたかもしれない  彼はそれを好まないだろう


ハニー、俺の声が聞こえてるかい?

あんたのおかげで、2冊の本を世に出したよ

チャラチャラした薄っぺらな精神世界に活を入れる本物を・・

孤立無援でも己の信念を貫いたあんたの人生を日本に知らしめてやったよ

まあ、どのくらい本が読まれるかは分からないが

本物が分かる者には響くだろう

寝ぼけた者は目を覚ますかもしれない


キャロル・ハニーよ

おまえ  男だ!





お茶目なオムネク No.65 - 2008/03/14


本のカバーには彼女の好きな花や蝶々の写真はデザインできませんでしたが

オムネクからは 「素敵な表紙ね」って言ってもらえました

前のメンジャー夫妻の本にも僕のジョークは何も書かれていなかったので

ふだんの僕を知る人は意外そうな(けげんそうな?)顔をして

「こういうマジメな一面も持ってたんだぁ・・」 と言いました


オムネクも本では真面目なことばっかり言ってますけど

いつもはお茶目で面白い人なんです

天真爛漫って言うんでしょうか

日本とドイツとの時差の関係で現地の朝の時間に打ち合わせの電話をしたら

こっちがしゃべってるっていうのに電話口で大きな声でアクビするんですよ

そりゃ失礼だろって意味を込めて 「ねむいの?」 って聞いたら

「うん♪」 だって・・(おい!)


それから近況報告の手紙が来て、長々と何が書いてあるんだろう?って思ったら

「こないだ○○まで近道するつもりで新しい道をみつけたんだけど逆に何倍も時間がかかっちゃった」

とか・・(アホか!)

「○○さんと△△さんと◇◇さんへ●と■と▼を買ったら、手元のお金が○ドルだけになっちゃった」

とか・・(子供か!)

まぁ、貧乏なのにお金にぜんぜん執着がなくてすぐに手放す人だって聞いてはいたけど・・


それでいて、ときどき深い洞察のある言葉をさりげなく語ることもあるので

「あぁ、やっぱりあのオムネク・オネクだぁ・・」と感心させられたりします


愛すべき人ですよ 彼女は



Happy Birthday No.58 - 2008/02/19

2月17日はハワード・メンジャーさんの86回目のバースデー

『2012年に再び戻ってくる 天使的宇宙人とのコンタクト』 の著者の方です

昨年は帯状疱疹に苦しんだりしながら奥さんのコニーさんも看病疲れで大変だったそうですが

日本での本の出版をとても喜んでいらっしゃいました


メンジャー夫妻の長年の労苦が報われてほしいと僕は切実に願っていました

ただ夫妻は最初の本を出す際に出版社に渡したポラロイド写真の多くを盗まれてしまい

それ以降は誰にも写真を渡さずに自費出版を続けていました

当然のことながら遠く離れた日本にオリジナル写真を送ってもらえるはずもなかったのですが

幸いなことに長女のハイディさんがスキャナーで写真を読み込んで送ってくれましたので

それらの画像と、僕が手に入れた最初の原書の掲載写真の画質を出版社が比較して選んでくれました

でも夫妻は特別に世界初公開の写真画像も提供してくれました


さらに僕は日本の読者のためには極力正確な情報を提供したいと考えていたので

ときには厳しく追及する質問をして夫妻の機嫌を損ねそうになったこともありました

さらには細かな出版契約書の作成の際に老齢の夫妻に代わって出てきた代理人の人が

出版社への過剰な要望を出してきたので、僕は思わず

「いいですか?僕はお金のためにやってるんじゃないんですよ!メンジャー夫妻の貴重な体験を
日本の人々に伝えたいだけです。出版社を信用できないなら、僕は降りてもいいんですよ!」

と強い言葉を投げかけたら、僕の誠意が本物であることを悟ってくれたようで信用してくれました


出版までにはそれ以外にもいろいろと大変なことがあり、眠れない夜も何度もありました

ですから出来上がった本を手に取ってもらったときにメンジャー夫妻から

「ありがとう。本の構成をあなたに任せた私たちの判断は正しかった」

そう言ってもらえた時は本当に嬉しかったです

もちろん、読者の方々からのお手紙やメールにも心から感謝しております


ハイディさんの誕生日も今月なので、あわせてハッピーバースデー☆


※写真は愛用のパイプを持った若き日のハワードさん
  (当時はまだスモーカーでした)




栄光の誓い No.52 - 2008/01/09


新しい年を迎えるにあたって僕は一つの誓いを立てました

それはスーッと降り注いできたような「声なき声」で


『どうすればいいのかではなく、やりたいことをすればどうにかなる』


というものでした

文字にしてしまうと、なんだか無責任で思慮の浅いように聞こえますが

僕にはとても納得のいくものでした

なかなか説明が難しいのですが

本当に心の底からやりたいと思うことならば、きっとできるはずだ

そういう勇気と自信が大切であることを思い出させてくれたのでした


自分の過去を振り返ってみると

周囲から『絶対無理』と言われていたことでも

どうしてもやりたいんだという魂の衝動を抑えきれずに

無謀とも思える行動をして 粘り強くあきらめずにやり続けた結果

驚くような奇跡の成功を収めたことが何度かありました


2008年のテーマは アクション!


祝杯をあげようぜ ベイビー☆




※画像は出版社に提案したオムネクの本の表紙の試作品。
 副題以外はほぼ希望通りに採用してもらえました。
 実際の表紙のタイトルは銀色に光る立体文字になっていて
 より洗練された素敵なデザインにして頂いて感謝しています
 
かすかな声に心を澄ます No.49 - 2007/12/11


なんだかちょっと気になったけど

そのままにしておいたことが

しばらく後になってから

「あ、やっぱりそうだったんだ」 って

気づいたりすることがあります

それは誰もが持っている感覚なのでしょう


直感のひらめきというのは

ピカッ☆ときらめくようなハッキリしたものよりも

さりげなくふわりと訪れることが多いようです

心がざわついたり浮かれたりしているときは

静かなそよ風のささやきに気づけないものです


そっと目を閉じてみて

ふーっとひとつ深呼吸をするだけで

心はだいぶ落ち着くでしょう

不安などがあるときでも

息を深く吸ってゆっくり吐くだけで

ふっとどこからか

「大丈夫だよ」 って

やさしい声が聞こえてくる感じがしませんか?


いますぐに解決策が思いつかなくても

きっとうまくいくさって

地平線から昇る朝の光を浴びるように

ほんのり温かい気持ちにさせてくれる

そんなかすかな声が

心にいつもささやかれている


誰もが未来に希望をもって

明るく生きていい

それが魂の本当の願いなのだから

不安や恐怖で人を諭す神様なんて本物じゃない

誰もが心の底ではそう気づいているはず


私たちは宇宙を動かす大きな存在に愛されているのだから

さぁ 笑顔で一日を迎えよう





あさがお No.32 - 2007/11/26
                 


              薄紫に霞む朝もやの奥 

              静かに微笑んだあなたに

              魅入られて吸い込んだ霧は 

              この胸を淡くつつみ清めていった


              音のない暗闇の中 

              ずっとあなたをさがしていた

              伸ばしたこの手は 

              虚空にもてあそばれた


              冷たさも 温もりもない 

              眠り薬のような風に身をまかせて

              おとずれる夜明けを待つだけの 

              悲しみすら忘れた僕の

              瞳に映った 

              やわらかに揺れる 

              蒼い朝顔の花


              淋しげに恥じらうような 

              閉じたつぼみが 

              たおやかに開いていく


              霊妙なきらめきで彩られた 

              満開の微笑みは 

              なぜ そんなに優しいの

              なぜ 苦しいほどに 

              僕の胸を恍惚で満たすの

              なぜ あなたの輝きは 

              太陽よりもまぶしいのに 

              僕は目を見開いているの


              ずっとあなたに会いたかったのに 

              切なさに 涙がこぼれて 

              言葉が見つからない

              また 傷ついてしまうの 

              また あなたは行ってしまうの


              夜のしじまが 

              しずかにとばりを上げていく 

              ゆっくりと霞んで流れゆく 

              朝顔の花

              静かに見送る僕の胸に落ちた 

              花びらの露しずく




White Grace No.29 - 2007/11/20




                  透明な白い光が差し込む朝

                  淡いきらめきに満たされる部屋

                  いつの日か

                  用意されている未来の光景


                  柔らかな白い壁

                  ミルク色のソファー

                  風にそよぐレースのカーテン

                  ポットに立ちのぼる湯気


                  透き通るような白さは

                  君をつつむロングドレス

                  それとも君の素肌


                  穏やかに微笑んで

                  正面を見つめる君は

                  まるで確信しているかのように

                  静かにつぶやいた

                  「必ず会うの・・」


                  君の声は

                  無数のきらめく粒となって

                  僕の胸に降り注ぐ


                  透明な白い光が差し込む午後

                  淡い想いに満たされた

                  僕の心の白い部屋


                  心地よい息苦しさに

                  思わず目を閉じる

                  未来の君がまぶしくて




渓流 No.28 - 2007/11/18

僕の母方の遠い伯父に 若くして亡くなった文学青年がいました

作家を志していた彼は東大の文学部へ進む予定でしたが

「医学部に行けば徴兵は免れるから」との母親の強い願いを受け入れて

長崎の医科大学へ進学しましたが

その直後に投下された原子爆弾によって帰らぬ人となりました

母親は自らの判断を深く後悔し

悲しみのあまり どうしても現場を訪れることができないまま他界しました


伯父は多くの兄弟姉妹から深く慕われていた人でした

子供どうしで喧嘩をしている時でも

伯父が帰ってくるだけでなぜか自然におさまったといいます

それは彼に威厳があったからではなく

誰もが気持ちに余裕のなかった戦時下の苦しい生活の中であっても

伯父はいつもまぶしいほどに爽やかであったそうで

味気のない貧しい食べ物でも

「こんなにうまいものをどうしてみんな食べないかな〜」

などと言っていたそうです


彼の妹は 面倒見のいい優しい兄を振り返って

「兄さんの『俺もう頭きちゃったよ!』という声は耳に残ってるのに

どうしても怒った顔が思い出せないの」

そう不思議そうにつぶやいて遠くを見ていました


伯父と共に彼の親友の青年も亡くなりました

彼らに影響されて文学を始めていたもう一人の親友が東京にいました

その青年は伯父たちの死に大きなショックを受け深く哀しみ

毎年 命日には一輪の白い菊の花を持って母親を訪れたといいますが

「○○君にだけはかなわなかった」と伯父の文才を称え

他の人たちへもしきりに

「○○君は自分よりも文学の才能があった」

そう言ってくれていたそうです

あるとき彼は真新しい本を持ってきて

「こんど僕が出す小説です」と言ってプレゼントしてくれたそうですが

それが後に芥川賞を受賞する吉行淳之介の作品でした


長崎の原爆は 当初は北九州の小倉に投下される予定だったそうですが

当日は曇天であったため 急遽長崎へ変更されたそうです

実はその日は小倉には僕の父方の親族がいました

もし小倉に原爆が投下されていたら 

後に僕の父と母が出会うこともなかったでしょう


数年前に父が事故死した後に

夢の中で長崎に生まれ変わっている父と出会いました

父は路面電車に僕を乗せて市内を案内してくれましたが

長崎に路面電車があることは後日友人に聞いて初めて知りました

僕が知っていたのは 長崎の人はファーストネームで呼び合うため

「欧米か!」とよく言われていることだけです ← それは「名が先」だろ!


さらにその頃 見知らぬ女性からメールをもらいましたが

その人は長崎の助産婦さんでした

今これを書きながら思ったのですが

もしかしたら父は 

かつて自分たち一族の身代わりとなったくれた長崎の人々に

何か恩返しがしたかったのかもしれません・・


晩婚だった父と母に授けられた命として僕は広島に生まれました

幼い頃から 戦争のない平和な世界を望む気持ちがあったせいか

大人になった僕は友好平和のための小さなNPOを作りました

法人登記する日は 語呂がいいので平成12年12月12日にしました

つい最近知ったのですが 伯父の誕生日は大正12年12月12日でした

それから僕は知人の本にタヌキのイラストを提供したのですが

これもつい最近知ったのですが 

伯父はいつもタヌキのイラストを描いて皆を笑わせていたそうです


かと言って 僕は伯父の生まれ変わりではないと思います

彼はとても温厚で優しい人でしたので

穏やかな表面の奥に激しさを持つ僕とは魂が違っているようです

ただ伯父は妹や弟たちを守る時は恐れを知らない毅然とした態度を見せたといいます

そう言えば僕もふだんは自分でも穏やかで静かな性格だと思うのですが

どんなときに激しい性格に豹変してきたかを思い起こせば

運動部の対外試合の時や 誰かが友人に理不尽なことをしてきた時など

自分の仲間を守る時であったように思います


ただそれは家系のせいかもしれません

伯父の父親も満州で捕虜をかくまったために銃殺されたそうですし

僕の父親も会社では部下を守るために上司に逆らったといいますが

伯父も日本中が軍国主義に支配されている最中にあっても

「日本が戦争でアメリカに勝てるわけがない!」と断言したといいますが



それでも伯父は高校の寮で学友たちと青春を謳歌し

抑えきれない感動の思いを母親への手紙にしたため

「今が人生で最も素晴らしいときです」

そう語りながらも 後で見つかった当時の遺稿の中では

死というものについて思いをめぐらせている心境を吐露していました

すぐそこまで来ている運命を薄々と感じていたかのように・・


なぜ そんなに駆け足で人生を終えなければいけなかったのか

ただ 時代の急流に身をまかせるほかなかったのか

残された者たちにとっては なぜか憐れみや同情を超えて

それは悲しいほどに美しい短い生涯であったのように感じられるのです





画像:空想画 「紅葉と渓流」

MEN & WOMEN No.24 - 2007/10/27


ジョージ・アダムスキーという人が

むかし宇宙船に乗せられたときに

船内に掲げられたある肖像画を見たと言います

それは男性と女性が完全に調和した人物の肖像で

おそらく創造主のイメージではないかと思ったそうです


その話が本当かどうかは別として

もし人間が「生まれ変わり」を繰り返すのだとしたら

きっと男性と女性の両方の人生を経験していくのでしょうから

やがては男性性と女性性が調和した存在に近づいていくのではないか

そんなふうに感じます


ハワード・メンジャーという人が会ったという

最も高貴な精神性を感じさせる宇宙人の男性は

女性のような繊細さと美しさを備えながらも

とても力強い男性的な印象を与える人だったといいます

その話も本当かどうかは別として

バランスよく進化して洗練された人間とは 

たしかにそんな存在に近づくのではないかと思います


男らしさ 女らしさって何だろう?

自分がこれまで出会ってきた人たちを振り返ると

いわゆる「男」を売りにしている「ワル」たちは

本気でぶつかり合ってみると 意外なほど打たれ弱くて 

女の子みたいにもろく泣いてしまうような人ばかりでした


かつてオノ・ヨーコさんがこんなふうに言っていました

「私は幼い頃から社会的に強い男たちを身近に見て育ってきたから

男の強さっていうものに冷笑的になってしまうところがあるの」

(彼女は財閥の娘でした)

それを隣で聞いていたジョン・レノンいわく

「それで選ばれた幸運な弱い男がボクってわけさ!」



僕自身が好きになる女性は ちょっとボーイッシュな人が多かったのですが

そのカモフラージュの奥に本当の女性らしさを感じていました

人は素直に自分を出さない傾向があるのかも?しれませんね


その理由が

傷つくことを恐れているのだとしたら

そしてそれを守るために強く見せているのだとしたら

女性らしさとは繊細な柔らかさで

それを守る鎧(よろい)のようなものが男らしさなのかもしれません


でも体とは違って

心は目に見えないものだし

物理的に傷つけられることはないのだから

心を男っぽくしている人は

傷つきやすい内面を持っているのかもしれません


男らしさ 女らしさ そんな社会の常識がもう少し崩れれば

もっと生きやすい世の中になるように思います

そうすることで 

柔和さが持つ強さと

剛健さが持つ優しさが 

広く世間に認められるようになり

本当の意味での男性性と女性性が 

社会の新しい常識となっていくことでしょう


力の強いものが弱いものをイジメている光景ほど見苦しいものはなく

硬いものが柔らかいものを押しつぶしている姿ほど醜いものはありません

最も強いものが土台として皆の下敷きになり

頑丈な器の中で繊細なものが守られるのが自然の姿です




英語学習法 No.16 - 2007/08/21

僕の英語はまったくの独学です

留学したことも英語学校に通ったこともありません

社会人になった時点では英検3級でした


ただ英語は世界の共通語とも言われ始めていましたので

世界中の人と友だちになりたくて

海外の20カ国くらいの人を相手に文通を始めました

メールと違って 手紙って何だか温かみがあって好きだったんです

そのころ僕は田舎に住んでいたので

往復5時間もかけて都会の会社に通勤していました

しかも電車内はずっと立ったまま・・

ところがその時間が格好の英語学習になりました


英語学習はまず中学1年生の教科書から始めました

何しろ当時は中学生に

「水って英語でどう書くの?」って聞かれて

「水は分子で出来てるから複数形で WATERS だべ」って胸を張って答えてしまって

あとで別の大人に注意されて

「物質名詞は単数でしょ!中1の教科書から復習しなさい!」と言われちゃいました(恥)


発音は発音記号で覚えました。

そしてラジオの英会話番組を欠かさず聴きました

半年くらいで高校英語まで勉強(復習?)してから英検2級を受けました

しかし試験会場に入ると回りはほとんど女子高生!

小さくなって試験を受けながらも無事合格

午後にはダブル受験で準1級を受験

ここではさすがに大人の受験生が多かったです

2次試験は4コマ漫画のストーリーを言うものでしたが

ふだんからオチを考えるのが好きだったせいで無事合格

そしてさらに1年間の独学を続けて英検1級にチャレンジ!

しかし試験会場に入ると今度はおじさんばかりで

何やらみんな難しそうな英字新聞とか英語雑誌を読んでいます

緊張しながらも何とか筆記試験をパスして

2次試験の日を迎えました

内容はリスニング&書き取りと、お題を与えられての即興スピーチですが

僕はもう覚悟を決めて

どんなお題が出てもブルース・リーの話をしてやろうと思ってました

ですから「私の母」なんてお題だったら完全にアウトでした

幸いにも与えられたお題は「私が読んでいる雑誌」

しめた!『ブラックベルト(黒帯)』に載ってたリーの話をするべ!

そう思ってリーの武道精神を身振り手振りも交えて語り、無事合格!

他の受験生は緊張のせいか、しどろもどろになる人が多かったのですが

海外に一度も出たことがなかった僕は

合格率5%の狭き門を通過できたのでした


これらの学習を通じて僕が得た教訓は

日頃から色々なことに自分の考えを持つようにすること

日本語で意見が言えなければ英語で言えるわけがない

たとえ英会話に慣れていなくても

自己主張ができれば あとは単語と文法知識があれば大丈夫

発音はラジオ講座だけでも充分に学べる

ということでした


自分を語ることは 英会話を生きたものにします

そしてそれにはまず 外国のことを知るだけでなく

日本の文化についても語れなくてはいけません

海外の人は たとえ若者であっても自国の文化をしっかり語れる人が多いです

でも言葉だけで説明するのは難しいので

いろんなアイデアを用いて楽しく紹介するのがよいでしょう

僕がイラストを提供している本(右上の写真)の

『ポン!とわかる 英語で日本紹介 アイデア集』(川田美穂子さん著)はお薦めです


さて、話は変わって

独学で英語をマスターって言っても

通勤電車っていうと「電車男」のイメージもあるので

薪を背負って通学途中に勉強した二宮尊徳みたいに

家から駅まで歩きながら勉強したと僕は友人たちには語っています

実際に自宅から駅まで徒歩で25分ほどありましたが

帰りは真っ暗な田舎道なので、勉強は行き道だけです


すなわち、英検1級は駅へ行く道の苦学!



        駅へ行く・・

        えきへいく・・

        えけいっく

        えいけんいっきゅう

        
        く・・苦しい・・


小聖と大聖 No.15 - 2007/08/21


『小聖は山に篭(こも)り 

大聖は市井(しせい)で人と交わる』と言います

つまり

人里離れた場所で瞑想などをして自らを高める聖者と

街中で人々と接しながら普通に暮らす聖者です

前者はまだ器が小さく 後者は大物なのでしょう


よく 「存在しているだけで影響力がある」 と言う人がいます

そういう人は 山に篭っていても 街中にいても世界に影響を与えるのでしょう

「私は存在していることで世の中に貢献している」 という人もいます

そのとおりだと思います

しかし どこに存在するかで その本質も問われるかもしれません

静かな山中と 騒がしい俗世間では 周囲の環境が大きく異なります


ブルース・リーは平常心を養う訓練として

イヤホンで片耳に工事現場の大騒音を聴かせ

もう片方の耳には水滴が落ちる微かな音を聴かせ

やがて水滴の音だけに心が集中するようにしたそうです


本物の聖者がいるとすれば

その人は聖なる山などではなく

喧騒と情念が渦巻く下界の真ん中で

凡人のふりをして生きているのではないか

僕はそう感じます


真の聖者は

ただ 「存在する」 だけで良いとは思わず

かと言って他人を 「救おう」 とも思わず

ごく自然に触れ合いながら日常生活を過ごす

そんな人ではないかと思うのです


もし

弘法大師空海が 旅の道すがら

路上で飢えた人と出会ったとしたら

その面前でお弁当を食べて相手にも満腹感を得させようとはしないでしょう

かといって

その人を救ってやろうとお弁当を与えることもしないでしょう

たださりげなく 相手の意思を尊重して

友に声をかけるように尋ねることでしょう・・


「食うかい?」









※写真は高校時代に描いたブルース・リーの絵




宇宙の法則 No.13 - 2007/08/21
 

        宇宙の法則


そう言うと何だか難しい響きがしますが

もし僕が「宇宙の法則とは?」と聞かれたら

きっと「因果応報」などと答えているかもしれません

でも今日の明け方の夢では意外な言葉を聞きました・・


「欲しがるものを与えてあげる という宇宙の法則です」


ちょっと現実的すぎる感じで 「え?」 と 一瞬思ってしまいました

そしてすぐに疑問を感じました

欲しいものを得ることが出来ない人のほうが多いじゃないか・・

でも同時に はっと気づきました

欲しいものを得られないのは 心のどこかでそれをあきらめているからではないか・・

自分には無理 自分はそれを与えられるには相応しくない

そういう思いが 素直に「欲しい」という気持ちを否定しているのではないだろうか


本当に欲しいものは与えられるというのが宇宙の法則であるのなら

純粋に100%の気持ちでそれを宇宙にお願いすれば得られるものだとすれば

そこにはいつも感謝の気持ちがあるのでしょう


「自分の愛する子供に水が欲しいと言われて、石を与える親がいますか?」

ある人がそう言って神の愛を説いていました


欲しいって正直に言えて 宇宙の愛を信じて 感謝してそれを待つ


そんな子供のような気持ちで生きていく人生ってどんなものだろう?


そう思うと なんだかとても清々しい温かさを感じました




夏の味覚 No.10 - 2007/08/21

暑い季節に美味しいものといえば

そうめん、スイカ、アイスクリームなど 

いろいろあるなかで 僕の大好物は

ナスの生姜焼き なのです


ただ一人暮らしを始めてからは

自分ではなかなか上手に作れません

フルーチェは自分でも作れるのですが・・


何年か前の夏に実家に帰省したときに

看護師の姉が ナスの生姜焼きをご馳走してくれました

その日の晩に僕は

後に名作と称された俳句を詠んだのでした ―




       焼きナスと

       夜勤ナースの

       夏日(なすび)かな






※画像は空想画「夏の滝」


サムライ魂 No.9 - 2007/08/21


大和魂=サムライ魂かどうかは分かりませんが

現代のサムライといえば

僕は俳優の藤岡弘さんを思い浮かべます

彼が以前、米国の山岳映画 「K2 愛と友情のザイル」 に出演した際のこと・・

撮影現場には人種の異なる多数の人々がいて

そこでは醜いエゴによる摩擦も生じていたといいますが

ある日の撮影中に突然に雪崩の危険が訪れ

急遽ヘリでキャンプへ避難することになったそうです

メインクラスの俳優たちが優先的にヘリに乗るように促され

藤岡さんも声をかけられましたが

われ先にとヘリへ乗り込もうとする人々の姿を見た彼は

「神がこの映画に私を必要としているならば、決して私を死なせないはずだ」

そう思い、自分は最後に乗り込むことにしたそうです

全てを一瞬で飲み込む雪崩がいつ押し寄せてきてもおかしくない状況の中で

並の正義感だけでは先に恐怖心に飲み込まれてしまっていたことでしょう


やがてヘリがキャンプに無事到着し 

最後に藤岡さんが降り立つ姿を見て

それまで彼を多少見下していた人々の態度が変わり

「彼はサムライだ」

そう言った人もいたそうです




かつて宮本武蔵が悟った極意 ―

「武士道といふは 死ぬことと見付けたり」



自分は死ぬ覚悟ができているだろうか?

そう自問自答した僕は

まだ生きることに未練が多いように感じました



何年か前に

駅の線路に落ちた人を救助するために 

列車に轢かれた亡くなった人のニュースを聞いたとき

たまたま傍にいた僕の親友がポツリとつぶやきました


「ボクが線路に落ちたら 君は命がけで助けてくれようとするんだろうなぁ・・」


たしかに100%そうするだろうとは思いましたが


「なわけねーだろ、アホ!」


と勝手に口がしゃべっていました



トーク イズ チープ だぜ、マイフレンド


初恋ポエム No.7 - 2007/08/21

                        みきちゃん


                    みきちゃん・・

                    僕のこと覚えてる? 

                    今ね・・天使のことを想っていたんだ

                    ほら、羽根のはえたエンジェルのこと

                    そしたら みきちゃんのこと 思い出したんだ


                    幼稚園から帰ってきて 

                    カバンを玄関にそっとおいて

                    お母さんの目を盗んで 

                    こっそり みきちゃんに会いにいってたよね


                    みきちゃんは いつもひとりでお留守番で

                    さびしそうだったね

                    いつもチャーミングな笑顔で僕を迎えてくれて

                    次から次へと僕にお菓子をすすめるから

                    ちょっと困ってたんだよ(笑)


                    僕は みきちゃんといっしょにいるだけで

                    ただ座って向き合っているだけで

                    とってもしあわせだったんだ


                    ねえ、ふしぎだったんだ

                    僕は幼稚園で乱暴者だったよね

                    近所の子のお母さんたちからも嫌われて

                    「あの子と遊んじゃダメよ」って言われてたのに

                    どうして、みきちゃんは僕にやさしかったの?


                    みきちゃんのおうちは、水路の上にあって

                    みきちゃんの部屋の下は水が流れてて

                    ちっちゃな木造の古家だったけど

                    僕には平安貴族の寝殿みたいに思えたよ


                    でも夕方になったら大人たちが部屋に入ってきて

                    「この子たちったら、子供のくせに二人っきりで」って

                    からかうように笑いながら 僕たちを離したよね

                    「何でそんな目で見るんだ」って

                    僕は心の中で怒っていたよ


                    水路には亀も泳いでいたっけ・・

                    僕の嫌いなカニもたくさんいたね

                    でも兄貴がこないだ広島に帰って

                    僕たちが住んでいた社宅街を見てきたら

                    もう水路はフタをされて下水路になってたって


                    「みきちゃんの家はどうだった?」

                    そう聞こうとして 言葉が出なかったよ・・


                    もう みきちゃんは いない気がしたんだ

                    でも それを知るのが ちょっと怖かった


                    ねえ、みきちゃん

                    あれから東京へ来てから

                    僕にはいろんなことがあったよ

                    いろんな人と出会ったよ

                    みきちゃんのこと いつしか忘れていった


                    ねえ 天使っていると思う?

                    天使は誰にでも一人ずつ付いてるんだって

                    生まれてから 死ぬまで

                    ずっといっしょにいてくれて

                    悲しい時や辛い時に

                    そっと羽根で包んでくれてるんだって


                    ねえ・・みきちゃんは天使だったのかな?


                    みきちゃん・・いま幸せに暮らしてる?

                    これまで辛いこと 悲しいことなかった?

                    僕がそばにいてあげたかった


                    いま僕は遠くから 

                    みきちゃんの幸せを神様にお祈りしているよ







画像: 空想画 「春桜」

愛犬の思い出 No.4 - 2007/08/21

小学校5年生のころ

下校途中の道すがらにあった空き家の奥から

「キャン キャン」

子犬が元気に吠える声がするのを友人のK君が気づきました

それが僕と愛犬ラッキーとの出会いでした


ラッキーを飼い始めてからすぐに

明らかにラッキーの母親と思われる真っ白な犬が

ラッキーとよく似た真っ白な子犬たちを引き連れて

空き地を歩き回っているのを見かけました

ラッキーはシッポを振って母親のもとへ戻ってきました

でもしばらく遊ばせたあと

僕は再びラッキーを家族から引き離して

家へ連れて帰らなければなりませんでした

捨て犬の生活に戻すわけにはいかなかったのです

母親と離れ離れにしてしまうのは可愛そうでしたが

ラッキーは名残惜しそうに家族を振り返りながらも

僕といっしょに家に戻ってくれました


捨て犬としてこの先どうなるか分からない未来よりも

人間に飼われたほうがずっと幸せになれる

そう勝手に僕は思っていたのでした

でも庭にクサリでつながれたままで

1日1回の散歩を楽しみにしていたラッキーは

はたして本当に幸せだったのかな?

今となってはそう思うこともあります


ラッキーの母親と兄弟たちはその後は姿を見かけなくなったので

もしかしたら保健所で処分されてしまったのかもしれませんが

それと比べてラッキーが犬の寿命をまっとうできたわけではありません

わずか3歳ほどの若さで ラッキーは病死してしまいました


家の隣が竹林になっていて 蚊がたくさんいたので

夏の間は犬小屋の前に昼間は蚊取り線香を炊いて

夜には玄関の中に入れていたのですが

容態の異変に気づき獣医に連れていったころは

すでに手遅れの状態になっていました

当時僕の住む地域では フィラリアの予防接種は

まだ一般的ではなかったのかもしれませんが

飼い主失格であることは間違いありません

僕が死なせたのです

ラッキーの運命が定めた寿命ではなかったと思います



ラッキーは僕の誕生日の前日に天に召されました

「自分のことを忘れてほしくないから この日を選んだんだろうな・・」

そんなふうに僕は感じました

それから僕もいろいろと忙しい高校生活が始まり

だんだんとラッキーのことを日々の生活の中で思い出すことはなくなりました

そうやってさらに歳月が過ぎ

社会人となった僕にとってラッキーは遠い過去の思い出となりました


でも 不思議なことに

夜見る夢の中にラッキーがときどき現れては 僕にじゃれついてきました

夢ではよくあるように 僕はラッキーが既に死んでいることは忘れて

当たり前のように いっしょに遊んでいました

そして夢から覚めてみて 初めてラッキーがもういないことを思い出し

「もういちど 抱きしめたいな」 と思いながら

「幸せな生涯を過ごさせてあげられなくて かわいそうなことをしたな」

そんな後悔の思いに包まれて 胸が痛くなりました

死んだ犬の魂がどこへ行ってどうなっているかは僕には分かりませんでした

「ラッキーがまだどこかで寂しい思いをしていて、僕を呼んでいるのかな・・」

「自分のことを忘れて欲しくなくて 思い出してほしくて 夢に出てくるのかな・・」

そんなことを思いながらも ときどきラッキーと夢で会ったときは

それが日常のひとコマであるかのように 普通に接していたのでした

仕事でタヌキのポンタのイラストを描いている時も

心のどこかでラッキーを思い出していました・・



そんなある日の夢の中・・

ラッキーと僕は 「ペットと泊まれるホテル」 のような場所にいました

部屋のドアの入り口に28歳位の優しそうな女性が立っていて

「この子が一泊するのに必要なものは全て揃えてベッドの下に置いておきました」

そんなふうに僕に説明してくれたように記憶しています

それから なぜかラッキーと僕は人間の言葉で会話ができたのです

「海と山のどっちに行きたい?」

僕がそう聞くと

ラッキーは男の子の声で答えました(ラッキーはオスでした)

「ボクは山がいいな」

僕自身は海のほうが好きだったので ちょっと期待はずれに感じましたが

いっしょに二人で・・いや一人と一匹で 里帰りしてみることにしました

むかし僕が住んでいた家 つまりラッキーと一緒に過ごした家にです

そう思った瞬間に僕たちは家の前の道路にいました

なつかしいなあと思って家とその近所を眺めていると

ラッキーが陽気な声で言いました

「竹林はなくなっちゃったんだね」

「ああ・・そうだね、伐採されて隣に家が建ったからね」

僕がラッキーの意外な言葉にやや戸惑っていると

・・僕は夢から覚めました


まだ夢うつつの状態で 僕はふと思いました・・

「なぜ竹林のことなんか聞いたんだろう・・」

そして はっと気づきました

「そうか、竹林が伐採されたのはラッキーが死んだ後だったんだ」

僕はその時まで 竹林のことは一度も回想したことはありませんでした

「もしかしたら 本当にラッキーの魂が夢に出てきたのかもしれない」

そんなふうに感じて またふと気づきました

「もしかしたら あの女性が今の飼い主なのかな?」

そして、生まれ変わったラッキーがあの優しそうな女性に飼われているのなら

今の僕のところで飼われるよりも幸せだろうな・・・そんなふうに思いました

そう言えば

ラッキーのことを思い出して感傷的になっている僕とは対照的に

ラッキーはとてもサラッと明るい感じでした

それはまるで 

罪の意識に苦しんでいる僕のために

「しょうがないな・・一度会ってあげるかな・・」

なんて思って わざわざ出てきてくれてきたかのようでした


不思議なことに それ以来 ラッキーが夢に現れることはなくなりました

同時に なんだかラッキーは今は幸せに過ごしているような気がしたせいか

僕が後悔の思いでラッキーを思い出すことも ほとんどなくなりました


今あらためて思うと

もし「竹林」のことがなければ 

僕はあの夢を自分の潜在的願望の象徴と思っていたことでしょう


今までは

「もうあんなに悲しい別れをしたくないから ペットは飼いたくない」

そう思ってきましたが 最近はなんとなく 

もういちど犬を飼ってみたいなって少し思うようにもなりました

そして以前までは

「ラッキーが僕のところへ生まれ変わってきてほしい。今度は幸せにしたい」

そう願うこともありましたが

あの飼い主の女性を見てからは その思いは消えました

僕の罪滅ぼしの気持ちよりも ラッキーの幸せのほうが大切ですから・・


人でも 動物でも

愛する相手のために 

「もっと いろいろなことをしてあげたかった」

そう後悔するのは とてもつらいです

本当に とてもつらいものです

だから そんな思いをしなくてすむように

愛する人たちの幸せを確認できる人生を送りたい

それは自分勝手な気持ちかもしれないけれど

自分が苦しみたくないだけのエゴかもしれないけれど

でも 

後悔するのは とてもつらいから

愛する人たちが 幸せな一生を過ごしてくれることが

僕の人生の最大の望みです


エレクトリック・ユニバース No.3 - 2007/08/21


「エレクトリック・ユニバース」 って言うと

何だか楽器か映画会社の名前みたいですけど

電気的宇宙という意味なのです

僕たちは電気って日常的に使っていますけど

実は電気の正体っていまだに不明なんだそうです


昼間は太陽が照明の代わりになっていますが

実は太陽の光の正体もよく分かっていないそうです

「核融合反応」で燃えているというのはただの仮説で

太陽の表面温度は上空の温度よりも低かったっていう観測結果も出ています

電気的宇宙論では、宇宙の電気で出来ていて

太陽の光も電気的なものだと唱えられています

「太陽の光が電気なんて」と笑うことはできません

そもそも電気が何かを誰も分かっていないんですから・・


光といえば、光子のことをフォトンと言って

いわゆる精神世界系では

「太陽系がフォトンベルトという光の帯に包まれて
地球がアセンション(次元上昇)して人間が新しい生命体になる」

と言われていますが

フォトンベルトはもともと豪州の一人の学生の説で

それを認めたとされる「天文学者」の正体はSF作家だそうですし

望遠鏡で写したという写真もどう見てもイラストっぽいです・・


太陽は太陽系全体の質量の99.9%を占めますので

太陽の変化が惑星に大きな影響を与えるのは当然とも思えます

「人体は小宇宙」と言われますが

エレクトリック・ユニバース(電気的宇宙)が本当なら

詩人のホイットマンが言った「ボディ・エレクトリック」

つまり人体も電気的なものなのかもしれません

実際、心臓も脳も電気のやりとりで活動しています


電気器具も性能アップして電気容量が増えるように

人体もより多くの電気を求めて進化するのかもしれませんが

それが「変容」と言えるほどの変化かどうかは不明です


ところで、ある明け方に僕は不思議な夢を見ました

それはとても臨場感を伴ったリアルな夢で

今でもその様子を鮮明に思い出すことができます

夢の中で僕は屋外にいました

空模様は明るいようで曇っているようで

どこか大気が不安定な異様な雰囲気でした

夕方なのか早朝なのか分かりませんが

今にも雷が鳴ってきそうな湿った気配を感じました

ふと足元の地面を見ると

そこには激しい稲妻が走ったような爪痕がありました

少し怖くなった僕は遠くの空に目をやると

そこには厚く暗い雲がたれこめていて

稲妻が地上にピカッと落とされていました

そのとき、声なき声というか、テレパシーのように

「稲妻がアセンション(変容)を起こす」

そういう言葉を僕は受け取りました。

そして自分でも変だなと感じたのですが

「あの雲の中に宇宙船があり、異星人がいる」

ということがなせか直感的に分かりました

それと同じ夢を数日後にも見ました。

しかし僕はその意味が分からずに

「自分の潜在的な気持ちか何かが象徴的に夢になって現れたんだろうな」

などと思っていました


それからしばらくして

電気的宇宙とアセンションについての本を偶然に目にすると

そこには「稲妻」が重要な意味をもつこと

そして太古の昔から「神の稲妻」伝説もあることを知りました

そこで僕はあの夢のことを思い出したのです

稲妻は本当に近未来に人類と地球の変容をもたらすものなのでしょうか?

少なくともカミナリが象徴するものが

僕の未来の奥さんではないことを願うばかりです・・


最後に一句・・


    稲妻が 

    落ちなきゃイーナ 

    ツマからは



    オチた?




画像:空想画 「雪と明かり」

ポエム集 No.1 - 2007/08/21

   紅色


夏のまぶしい日差しに

秋の空を彩る夕暮れに

冬の庭に積もる白雪に

春に舞う桜の花びらの中

そっと口づける僕に

頬をほんのりと染める 君が好きです





    聞こえますか


お父さん

あなたをそう呼んだことはなかったけど

元気にしていますか?

あなたがもしこの地球で生まれ変わっていたら

まだ子供のあなたの幸せな未来ために

この社会をなんとかしなきゃ・・そう思います


あなたにひとつ聞きたいことがあります

あなたと過ごした最後のお正月

東京へ帰る僕を玄関で見送ってくれた時

「あの子の姿を見ていたいから」って言って

痛い体を引きずって首を伸ばして

僕が角を曲がるまでずっと後ろ姿を見ていたって

お母さんから後で聞きました


あなたは知っていたんですか?

もう僕に会えないことを

自分が事故死することを


僕がもしそれを感じていたら

振り返って いや、引き返して

あなたに言いたいことがあった

どれだけ僕があなたを愛していたか


たとえ言葉にはできなくても

残されたわずかな時間に

もっと親孝行をさせて欲しかった


息を引き取る間際の 意識を失っていくあなたに

さよならの代わりに言った言葉 覚えていますか

一言しか言えませんでした。

でも、僕の気持ちのすべてを込めて言いました

ありがとうって


こんなに悲しい想いをするなら

今までの人生の楽しい事なんて全部いらなかった

そんな子供みたいなことを神様に訴えて

見上げた空は 悲しいほど 青く綺麗で

なぜか あなたの優しい笑顔のようでした


あなたは身を挺して 僕に教えてくれました

命がこんなに愛しいことを


あなたを愛するように

多くの命を愛することが

僕のできる親孝行なんですね





    空っぽのレンジ


電子レンジは不思議

熱くならないのに

中に入れたモノだけが

芯から温まる

それはモノの中の電子が

エネルギーをもつから


冷たいレンジと

冷えた水

それは僕と君のよう

僕は扉を開けているのに

君は離れて僕を見守っているんだね


君は言う・・自分には何もないって

愛される資格はないって

そう

君は愛をもっていない

僕の中にも・・愛はない

君が僕の中につつまれるとき

君の魂が温もりをもつ

愛は・・そこにしかないんだ


僕は熱い太陽なんかじゃないよ

冷たい月の君を照らすんじゃないよ

君がいなければ

僕は冷たい太陽のまま

放射線は宇宙をさまようだけ


君を抱きしめられない僕は

空っぽの冷たいレンジのまま




    ちいさくなあれ


わたしのこころ もっともっと

ちいさく ちいさく ちいさくなあれ

ちいさくなって だれかのこころのひだをぬけて

きずついたこころを いやせるように


わたしのこころ もっともっと

こまかく こまかく こまかくなあれ

こまかくなって だれかのこころのひだをぬけて

かたくなったこころを とかせるように


わたしのこころ もっともっと

やわらかく やわらかく やわらかくなあれ

やわらかくなって わたしのこころのひだをぬけて

あなたのこころが しみこむように




     エメラルドの森


きらめく緑の森の中で

朝の綺麗な澄んだ空気を

胸いっぱいに吸い込んで

ゆっくりと口から出してみよう


最近、君は呼吸が浅くなってないかい?

無理に息をしようとしてないかい?

もっと胸をひろげて 腕をのばして

大きく空気を吸ってから

ふーって吐いてみてごらん

するとまた自然に息を吸い込んでいるでしょう?


無償の愛なんて言葉は忘れていいよ

見返りを求めず 与え続けるだけなんて

息を吸わずに 吐き続けているようなもの

不自然で 苦しいだけさ


都会に背を向けて

自然な君のいた場所へ帰っておいで

いつもやさしく包み込んでくれていた

エメラルドグリーンの森に




     吐息


自然な呼吸..

すやすやと眠っている時の息の音..

吸う音は小さくて

吐息だけが すーっと..

くりかえす くりかえす..

その音に耳を澄ませて

ただ見ているだけで

いとおしくなる..


人間も 動物も

おだやかに眠っているときは

まるで自然につつまれて

抱っこされているよう...

吐息に合わせて

おなかが可愛くふくらんでいる


思わず抱きしめてしまうと

ピクッっとして驚いて目をさましちゃう

あ、ごめんね

ふーっと大きく息を吐く...

まるで夢の世界からこの世界へ戻る合図みたい

そう言えば、人は亡くなる最期の瞬間に

大きく息を吐くらしい...


抱きしめた体からは

もう静かな吐息は聞こえないけど

温もりが優しく伝わってくる

胸にそっと頬をよせて

心臓の鼓動を感じてみる

ただ呼吸をくりかえす くりかえす

ゆっくりと

おだやかに


平凡にくりかえす

かけがえのない日常のひとこま









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