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| 「相続・遺言や離婚」の関係の書類作成でお困りの方へ |
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| 続けて、「安保徹の免疫力を高める食べ方」を読みました! |
No.13 - 2010/02/22 |
何年も前のことですが、雑種の柴犬を飼っていました。 初めて家に来た時は、大人の親指くらいご飯を食べると、もうお腹が一杯らしく、玄関の下駄箱の下に隠れて、クンクン泣いていました。
2年位して散歩に行ったとき、20分ほど歩くと動かなくなってしまったのです。とても散歩好きの犬なので、おかしいなとおもって見ると、腹の柔らかい部分がパックリ裂けていました。 飼主と同様、ボンヤリした犬なので、散歩の途中で出会ったよその犬に噛まれたようです。
家につれて帰って、いやがる犬に消毒液を塗りました。・・・貧乏なため、病院には行きませんでした。 犬は小屋の奥の方で、時々傷口を舐めながら、じっとしていました。 大好きな牛乳や、ハム、チーズなどをあげても、ほとんど食べません。 その時は、散歩に行けない(おしっこやうんちができない)から、手をつけないのだろう、くらいに思っていました。
ところが、実は深い思慮にもとづくものだったということを、後に知りました。・・・油断していると、肩口によその犬のうんちをなすりつけて喜んでいるような犬でしたので、自分の知恵というよりは、本能に従っただけだとは思いますが。 そうした方法で、なんと、自分で治してしまったのです!
前置きが大変長くなり恐縮ですが、安保先生の本の、 3章「病気にならない安保流・生活術」の、1節「勘を磨いて病気をはねのけよう」の中にも、同様のことが書かれていますので、ご紹介させて下さい。
「病気のときは栄養を断って体を休ませる」 高血圧や高血糖といった慢性疾患では、初めから薬に手を出さないのが一番です。 すでに薬を飲み始めている場合は、徐々に薬を減らしながら体を調整していくのがよいでしょう。(中略) にもかかわらず、現代人はあいかわらず薬漬けの人が大勢います。人間は、すっかり動物的な感性を失ってしまったのでしょうか。 野生動物は病気になったとき、食を断って治します。本来、人間も食を断って病気を治していたのです。 その証拠に大病をすると食欲がなくなります。体が解糖系からミトコンドリア系にシフトさせているからです。 それを私たちは勘違いして、「食べないと抵抗力を失うから」と点滴をしたり、滋養のあるものを食べて、無理やり栄養を体内に入れようとします。 体力を回復させるために栄養は必要なので、ある意味では一理あります。しかし病気のかかり始めのときは、体のさまざまな機能を休ませるため、食べ物を体内に入れないようにし、回復してきたら徐々に食べるほうがいいのです。 実は私たちの体はそれを食欲減退として教えてくれているのですが、私たちの意識がそれを感じ取ることができていません。 野生動物は、体調が悪くなるとうずくまったり、どこか見えないところに行って休息をとります。お腹が空いても、足の速い草食動物を捕まえられないのであきらめます。そのため、心筋梗塞を起こすなんてこともありません。 つまり、動物としての本能に忠実に反応しているのです。 私たち人間も動物としての勘は備わっているのですから、もっと勘を磨いて体の声を聞くことが大切なのです。
「安保徹の免疫力を高める食べ方」 安保 徹 先生 著 (株)中経出版 中経の文庫 533円+税 P66−68
もう一点お話しさせて下さい。 5年位前、私の亡き父が地元の病院の紹介により、某国立の病院に入院したのです。 入院する時は、「悪いところがあったら、検査して全部見つけてもらうんだ」と、穏やかな表情で話していたことを、鮮明に覚えています。 ところが、一連の厳しい検査が始まると、見る間にげっそりと痩せてゆきました。 *私はそのような検査を高齢者がすることには、もともと反対でした。結果として、すい臓の裏のほうに、地元の病院では見つけられないような癌が見つかったとのことですが、「一応の生活」ができていた人間の、治療もできない(困難な)癌を見つけることに、なにか意味があるでしょうか? ・・・その人の性格(が決めること)ですから仕方がありませんが、のらりくらりと生活していた方が、はるかに質の高い老後が送れたのではないかと、今でも残念です。
大学病院で癌の外科手術を受けた後、他の病院へ転院させられました。その病院では、(ご丁寧に)個室に入れられ、鼻にチューブを通されて苦しそうでした。 *転院をさせたのは、「死亡」としてカウントしたくないためでしょうか?また、転院も、死亡者を紹介すると葬儀社が謝礼を支払う慣行を連想させて、なんとなく不快でした。
私の父は、なにしろ旧陸軍の志願兵で、田舎の伯父が3軒先まで声が聞こえる(田舎は家の間隔が離れていますから)と苦笑したほど壮健でしたから、転院した病院でも(なかなか死ねず)見ていてかわいそうでした。
前置きがとても長くなり、不愉快な思いをされた方もおられるでしょうが、安保先生の、先の本の続きをご紹介させていただき、終わります。
「死期を迎えたときの判断」 食を断つのは、病気のとき以外にも、もうひとつあります。それは死ぬ間際です。 動物はみんな食を断ってこの世を去っていきます。空海や昔の偉人たちもそうしています。そのほうがいつまでも考え方が清明で、この世に感謝しながら去れるのでしょう。 死期を悟ったら病院へ行って点滴を受けるのではなく、食べ物を口にしないことです。ところが、このときに体内に栄養を入れると、栄養処理にエネルギーが使われ、七転八倒の苦しみを味わいながらこの世を去ることになります。 ただ、これは他人に要求することではありません。私たちひとりひとりが自分で決心するものです。 私自身も、自分がその瞬間を迎えたら、どういう判断をするのかわかりません。今から自分でも楽しみです。 前掲書 P68−70
この本では、「おいしくて免疫力が高まるおすすめレシピ」として15例、また、「これが安保流・1週間の食事レシピ」として64例ものレシピも紹介されています。 ぜひご一読を、おすすめいたします。
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| 「病気にならない免疫生活のすすめ」を読みました! |
No.12 - 2010/02/06 |
著者の「安保先生」は、新潟大学大学院の教授だそうですが、 時々NHKのラジオにも登場する、東北なまりの、とても温かそうな人柄の方です。・・・私も大ファンで、先生の声がラジオから聞こえると、耳をそばだてて聞いています。
私の母が2年位前から、血圧の薬を飲み始めました。まじめな性格なものですから、一生懸命飲むのです。母の姉が何年か前に、福島の温泉で倒れたことも、「一生懸命さ」の理由かもしれません。 ところが、傍で見ていると、なんとなく(薬を飲み始めてからは、とくに)体の調子が悪そうなのです・・・。
5年位前に父が、大学の付属の病院で治療を受けて亡くなったこともあり、私は「薬や、がん治療」などに不信感を持っているものですから、そんなに真面目に飲まない方が良いのになあ、という眼でみていました。
前置きが長くなってしまいましたが、そんな時にこの本を偶然見つけたのです(本屋のレジ前に平積みにされていました)。
第5章「薬をやめれば健康になれる!?」、第1節「薬は悪循環を招いてしまう」の中から、一部ご紹介させていただきます。
「薬で病気が治るのだったら、こんなに楽なことはありません。今頃、病気はすべてなくなっているはずですから。 ところが患者の数は減るどころか、どんどん増えています。
現代における病気は、すべて食生活の問題、社会や職場におけるストレスの問題、環境の問題など、現代社会が生み出した独特のひずみから出てきたものです。
社会全体が生み出した破綻を、薬一つで治せればいいでしょう。 しかし、実際は薬は問題を解決してはくれません。
薬の罠は、「麻痺ぐらいはさせられる」という点にあります。 急性疾患の場合は、ある程度症状が軽くなったりするので、薬を使うことも効果的です。 しかし、薬は一時的に症状を麻痺させるだけなので、長期間にわたって飲み続けても根本的な原因を治すことはできません。
特にお年寄りが飲んでいい薬は一つもありません。お年寄りが高血圧の薬や、抗不安剤、睡眠薬に手を出すと、体力に余力がない分、一気に体を痛めつけてしまいます。 40代、50代だったら、まだ跳ね返せる力があるのですが、 70代以上となると、たった一種類の薬でもダメージが大きくなります。
薬を飲み出したら一気に活力を失い、いつも体調不良に悩まされるという流れに入ってしまうことでしょう。
私がある老人介護施設に行ったときに見たのは、薬が生む悪循環の流れでした。 要介護者が、腰が痛いと訴えると、痛み止めを出されます。すると、血流が悪くなり、高血圧を呼びます。 高血圧を抑えようと降圧剤を飲むと、夜眠れなくなります。 眠れないと不安なので、睡眠薬や抗不安剤などが出ます。 このようにして芋づる式に、薬が山ほど出るのです。 70代以上の人がそれだけの薬を飲むと、薬に太刀打ちできる期間は、長くて5年くらい。 だから介護施設に入ると、寝たきりになってしまうわけです。
勘の良い人だと、「薬を飲んだらフラフラする」とか、「薬を飲んだらかえって変になった」と、体の異変に気づくはずです。 気づいたら、薬から離れればいいのです。
お年寄りが病院で診察を受けるのは、自分の存在意義を確かめることのできる良い機会です。 だから、どんどん先生に診てもらえばいいでしょう。 しかし、薬は最小限にして、もらっても飲まないくらいの決意が必要です。」 P156−159
とても読みやすい本ですので、ぜひご一読を、お勧めいたします。
「病気にならない免疫生活のすすめ」 新潟大学大学院教授 安保 徹 先生 著 (株)中経出版 発行 中経の文庫 495円+税
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| がばいばあちゃん めざせ甲子園 (3) |
No.11 - 2009/03/31 |
以下は、最終章(「夢・第二幕」)の、締めくくりの記述です。
「・・・ばあちゃんの死はほぼ自然死だった。 お医者さんからは病院に行く必要はない、入院する必要はないと言われ、最期まで自宅で暮らし、想い出のいっぱい詰まった家でそのまま亡くなった。
色とりどりのリボンや折り紙がばあちゃんの部屋の天井に飾られ、ばあちゃんは「まあ、きれい」と布団の中からそれを見上げていた。
俺が生きているばあちゃんに最後に会ったのは、ばあちゃんが亡くなる二ヶ月ほど前だった。
ばあちゃんは子供に返ったような表情で俺に言った。 「うわあ、花がいっぱい咲いてる。お花畑みたいや。しあわせばい」 P229-230
・・・「がばいばあちゃん めざせ甲子園」 島田 洋七 著 (株)集英社 2007年4月発行 より |
| がばいばあちゃん めざせ甲子園 (2) |
No.10 - 2009/03/30 |
「・・・若い頃、俺は自分の貧乏が恥ずかしくて、そのことを誰にも言わなかった。35歳くらいになって初めて他人にそれを打ち明けた。 それまでそれが言えなかったのは、やっぱり見栄を張っていたからだ。・・「世間に見栄を張るな」とばあちゃんはいつも言っていて、俺もそれをいつも聞いていたが、その年になるまでその言葉の本当の意味が分からなかったのだ。 それが35歳を過ぎて、人生を本気で生きていかなくてはいけないと思うようになって、ようやくばあちゃんの言葉が本当にわかってきた。」
過去の体験を淡々と語れるようになるには、時間が必要だったのかと感じました。
だんなさんを亡くしながら、七人の子を育て上げ(しかも七人めの子は知的障害者)、 さらに、がんと原爆で夫を亡くした二人の娘の子まで自宅に引き取って面倒を見て、その上に、 「・・・ばあちゃんは65歳になる前、 「ばあちゃん、ぼちぼち仕事を休まれたらどうですか」と定年退職を市から勧められたが、ばあちゃんは仕事をやめなかった。 「わたしはお金がもらえなくても、仕事には毎日行きます、体のために。クビにするなら、どうぞクビにしてください」と言って、ばあちゃんは働き続けた。」
・・・そんな誠実で、他者への思いやりに満ちて、骨太な生き方をした「がばいばあちゃん」の、最終章の記述を読んで、涙が出てきました。
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| がばいばあちゃん めざせ甲子園 (1) |
No.9 - 2009/03/29 |
たまたま図書館で見つけて、「がばいばあちゃん めざせ甲子園」 島田洋七著 集英社発行、を読みました。
前に、「がばいばあちゃんシリーズ」は、3冊くらい読んだことがあったのですが、今回の本が一番感動的でした。
「B&B」で漫才をしていた頃の島田さんを、私はあまり好意的な目では見ていませんでした。・・・「紅葉まんじゅう」を連呼する、声が大きいだけで、「芸のない漫才師」と、思っていたのです(何分間も、真剣に見たこともないので、まったくの偏見だったかも知れませんが)。
それがこの本を読んで、自分の大きな思い違いだったことが、よく分かりました。
・・・「たけし」さんの本には、「一人の芸人の売れたかげでは、何千人もの芸人が泣いているんだ」といった趣旨のことが、書かれていました。 でも、洋七さんの場合、単なる幸運や偶然だけで、「売れた」のではないに違いないと、この本を読んで感じました。
中学から野球の名門校に進学して、甲子園(やがてはプロ野球)を目指して、全身全霊で野球に打ち込んだこと。練習中の怪我で、その夢を断念せざるをえなくなったこと。その後の、八百屋勤めや、東京行きの経緯などが、平易な気負いのない文章で、淡々と語られていますが、へたな小説などより、はるかに感動的です。
洋七さん自身が、「あとがき」のなかで、次のように述べています。
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| 河津桜が満開です! |
No.7 - 2009/02/19 |
伊豆の河津桜を見てきました。 もう、満開です。
20年位前、河津七滝の近くで、初めてこの桜を見たときは、まるで桃源郷に迷い込んだような気がしました(家を出るときは、木枯らしが吹き荒んでいましたので・・・)。
旅行に出る前、知人は「早く行かないと、桜が終わっちゃうよ」と言いましたが、(何を寝ぼけたことを・・・2月7日に「桜まつり」が始まったばかりじゃないか)と、内心では思っていましたが、満開に近いのには、驚きました。
3月10日まで、桜まつりは予定されているようですが、どうか散らずにいてくれと、関係者は祈りたい気持ちではないでしょうか。
*河津桜は、寒緋桜と早咲き大島桜との自然交配種で、その原木は 昭和30年頃、河津町の飯田さんという方が、河津川沿いの雑草の中 に芽吹いていた桜の苗を、自宅に移植して育てたものだそうです。昭 和49年河津桜と命名され、翌50年町の木に指定されたと、河津町 のHPに書かれています。 私の観賞した日は、風のとても強い日でしたが、強風の中でほぼ満開に近い桜は、花びらを散らすこともなく、がんばって咲いていました。
「そめいよしの」より、ずっと強い桜であるように、私など(ど素人)にも感じられます。
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| がんばれ! はやぶさ (2) |
No.6 - 2009/02/10 |
また、電波でさえ往復に何十分もかかり、正確な形もはっきりとは分からない、約500mという(宇宙からみたら極小の)惑星「イトカワ」に接近して着陸するため、「自律型の飛行・探査技術」が設計・開発されたそうですが、そうしたシステムも見事に成功したわけです。
そうした技術の開発に苦労された方々にも、ご苦労様と言いたい気持ちです(私などが言っても、仕様がありませんが・・・)。
2月4日に,イオンエンジンに再点火し動力飛行を開始したと、新聞でも報道されました。
今後、来年6月の地球帰還をめざして、エンジンによる加速、軌道変換を、行ってゆくそうです。
直径わずか40cmの小型の回収カプセルが、秒速12kmを超える速度で、あのスペースシャトルの何十倍もの熱を受けながら、地球の大気圏に再突入するとのことですが、なんとか無事に帰還してほしいものです・・・。
ただの金属の塊かも知れませんが、漆黒の(?)闇の中を飛び続けるそのけなげな姿に、がんばれ!がんばれ!と、連呼したい気持ちです。
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